働き方 仕事の未来 人財 インタビュー・対談 他者と比較せず自分を大切に ポストコロナは自分主体で働く ー「働く」を哲学で考えるー 小川仁志氏

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2022.10.07

世界的なパンデミックに見舞われ、これまでの常識が通用しなくなった現在。テレワークや副業の広がりなど、働く環境も大きく変化している。ポストコロナの働き方はどうあるべきか。
哲学の視点で働くことを見つめ直し、「自他楽(じたらく)」というキーワードを導き出した山口大学国際総合科学部教授の小川仁志氏にヒントを聞いた。

コロナ禍でこれまでの常識が通用しなくなった現在

新型コロナウイルスの大規模な流行により、私たちは「瞬く間に世のなかががらりと変わる」ことを体験しました。哲学に絡めてお話しすると、フランスの哲学者カンタン・メイヤスーは「偶然性の必然性」、つまり「あらゆる偶然は必然なのだ」と言いました。まさにこの通りで、私たちは今、偶然性に振り回されています。

コロナ禍以降、働くという行為において、「自分が」という視点と「どのように」という視点を意識するようになったと感じています。これまでは、たとえば毎朝会社に出社して、上司の指示に従って仕事をするのが働くということでした。それがテレワークに置き換わるなどして、これまでは常識と考えられていた働き方が変わってしまったわけです。これからの私たちにとっては、自分がこの先どのように働くのかを「自分主体」で常に問う必要があると思います。

「働く」ということを哲学的に捉える重要性

哲学は、物事を「疑う」ことから始まります。哲学的に視点を変えてこれまでの常識にとらわれずに「働く」ということを考えるのが重要です。この先、新型コロナウイルスの流行が収束しても、新たなウイルスの出現や会社の倒産、あるいは特定の産業そのものがなくなる可能性もあります。そのような不確実な社会で、偶然性に振り回されないためには、自分主体で働かなければなりません。どんな時間帯で働くのか、会社に通勤するのか在宅なのか、副業をするのか、というように。常に未来が予測不能であるという前提に立ち、キャリア設計も考える必要があるでしょう。これはポジティブに考えると、選択肢が広がったということです。仕事とプライベートのバランスも、自分の裁量で決められるのです。自分主体とは、自分自身を大切にするという考えでもあります。

自分も他者も「楽」にする自他楽という考え方

コロナ禍以前から推進された働き方改革の取り組みのなかで、私自身、一度「働く」ことを哲学的に捉え直す必要があると考えていました。過去の哲学者の考えも参考にしながら、自分なりに働くことを再定義した結果、「自他楽(じたらく)」という言葉にたどり着きました。

ここでは「働く」とは、自分だけでなく他者を楽にするという考え方が基本になります。さらに他者とは特定の相手ではなく、自分以外の社会全体を指します。そして、これまではお金を稼ぐことはつらく苦しみを伴うことだというような固定観念が日本人にはありましたが、そうではなく楽しい営みであるべきだと考えたのです。自分が楽しく働けて、収入も得られ、それが社会の役に立つという仕事が、誰もが考える理想だと思います。ただ、すべてを両立させることは常識的に考えると難しいでしょう。だからこそ、どのようにすれば実現できるのかを常識を超えて考えなければならないのです。ポストコロナは自分を大切にする、もっといえば自分を愛する時代だといえます。

他者との比較をやめて自分主体で物事を捉えること

自分主体とは、自分を肯定的に捉えるという側面もあります。ただ、自分を肯定して好きになることもそう簡単ではないかもしれません。たとえば、他者と比較することで自分はダメだと否定してしまうこともあるでしょう。ですが、自分を肯定することは難しくても、比較することをやめるのはやりやすいのではないでしょうか。自分主体で、自分がその日どれだけ頑張ったか、どのように成長できたかを客観的に見つめるのです。

さらに自分を大切にすることに関連して、アメリカの思想家ハンナ・アーレントの提唱している3つの人間の営みが挙げられます。アーレントは、働くことを「労働」「仕事」「活動」と定義しています。「労働」とは家事のような生きるために必要なもの。「仕事」とはそれ以外のもう少し創造的な営みのことで、一般的に仕事と呼ばれるものです。そして「活動」とは公益性を重視した社会的な活動を指します。アーレントは自分を大事にするという考えのなかで重要なのが「活動」であると指摘しています。

図13つの人間の営み

図1 3つの人間の営み

われわれの身近な例でいうと、自治会や町内会などの地域の組織がそうです。お金を稼ぐための仕事とは別の営みとして、社会的な活動をすることで充実感が得られ自分の人生が豊かになるという考えです。さらにアーレントは、この活動が社会のことを考えるきっかけになると指摘しています。他の人々と交わり、議論することが社会について考えることにつながり、さらには社会を担う一員として成長していけるのだと思います。

哲学的思考を取り入れ、常識を超えて考える力を身につける

私は大学卒業後に憧れの大手商社に就職しました。仕事で台湾を訪れた際に出会った人たちが皆真剣に自分の国の政治を考え、変えようとしていた光景を目の当たりにし、直接的に社会を変えるような活動をしたいと決意し退職しました。ですが、知識もノウハウもないままで結局は上手くいかず、20代後半でフリーターになり、ほとんど引きこもって過ごすようになりました。そのようななか、周囲の助言もあって地道に学び直そうと思い立ち、名古屋市の公務員として再スタートすることができ、まちづくりに取り組みました。そこでも自分の知識が足りないことに気づき、社会人大学院に入学して公共哲学を学び始めました。その後博士号を取得し、高等専門学校の教員の職を得ることができ、現在に至ります。今では哲学が自分の人生を変えてくれたのだと思っています。

自分自身を例にすると、繰り返しになりますが、重要なのはやはり自分主体だということです。これからは仕事の内容も働き方も自ら選んでいく時代です。ですが自分に相応なスキルや知識がなければ、自由に選ぶことはできません。だからリカレント教育がますます重要になり、働いて学ぶことを繰り返すことが必要なのです。その学びのなかに、ぜひ哲学の考え方も取り入れてみてください。「この調査データは本当に正しいのか」「この根拠は本当にその通りなのか」とまずは疑ってみる癖をつけるのもよいかもしれません。大切なのは、過去の経験則やデータにとらわれず、主観で考えることです。そして主観に基づいた考えを他者と議論してすり合わせする対話も積極的に行ってください。教養ではなく思考法として哲学を学び、ぜひ常識を超えて考える力を身につけていただきたい――そう考えます。

Profile

小川仁志氏
哲学者・山口大学国際総合科学部教授

1970年、京都府生まれ。哲学者・山口大学国際総合科学部教授。京都大学法学部卒、名古屋市立大学大学院博士後期課程修了。博士(人間文化)。商社マン(伊藤忠商事)、フリーター、公務員(名古屋市役所)を経た異色の経歴。徳山工業高等専門学校准教授、米プリンストン大学客員研究員などを経て現職。大学で課題解決のための新しい教育に取り組む傍ら、「哲学カフェ」を主宰するなど、市民のための哲学を実践している。専門は公共哲学。著書も多く、ベストセラーとなった『7日間で突然頭がよくなる本』や『ジブリアニメで哲学する』をはじめ、これまでに100冊以上を出版している。

小川仁志氏 哲学者・山口大学国際総合科学部教授