働き方 仕事の未来 人財 テクノロジー 生成AIが生産性を底上げする - 雇用・スキルに与える影響とは。経済学者に聞く

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2023.09.21
生成AIが生産性を底上げする - 雇用・スキルに与える影響とは。経済学者に聞く

これまで活用されてきたパソコンやインターネットといったデジタルテクノロジーの多くは、スキルの高い人ほど生産性を向上させるという傾向があった。しかし、近年急速に進化を遂げているAIは、それらとは異なる形で人財のスキルに影響を及ぼす可能性があるという。
アマゾンジャパンでシニアエコノミストを務めた後、東京大学大学院経済学研究科で教授として教鞭を執るミクロ経済学の研究者であり、国内外のAI研究にも詳しい渡辺安虎氏に、AIとスキルの関係、今後の雇用情勢や企業の採用戦略への影響などについて聞いた。

低スキルほどAI活用の恩恵が大
スキルとAIの関係性

人間が書いたかのような自然な文章を自動作成する生成AIが登場して以降、「AIに仕事を奪われる」という脅威論が再燃している。もちろん、産業ロボットやコンピューターなどのテクノロジーも、さまざまな形で人間の仕事を代替してきたが、AIはまだ「具体的に何ができるのか」がわかりにくく、それが脅威論を助長している面もあるだろう。AIが人間の業務やスキルに与える影響を把握できれば、過度に恐れることなく、人間に求められるスキルが明らかになり、リスキリングなどにも取り組みやすくなる。

「現在普及しつつあるAIは、人間の働き方やスキルに対し、従来のテクノロジーとは質的に異なる影響を与える可能性があることが、いくつかの研究成果から明らかになってきました。端的に言えば、過去のテクノロジーはスキルのより高い人の生産性を向上させ、結果として社会全体の格差を拡大させる傾向がありました。それに対しAIは、スキルの低い人の生産性を高め、格差を是正する可能性があるのです」(渡辺氏)

渡辺氏らの研究グループは2022年11月、タクシーアプリを運営する企業と共同で、需要予測AIがタクシードライバーの生産性に与える影響について実証研究を行った。このタクシーアプリは、どのような客がいつどこで乗車・降車したか、日時や位置情報などを詳細に蓄積している(図1 参照)。

図1AIナビのアプリ画面

AIナビのアプリ画面

タクシーアプリGOでAIを活用し、リアルタイムで需要予測を地図上に表示する。
©Zenrin、©Mapbox、©GO Inc.

そのデータを需要予測AIに解析させ、最も効率的に乗客を獲得できるルートをドライバーに指示したら、どのくらい効果が得られるかを検証したのである(図2 参照)。結果として平均で5%程度、空車時間を短縮できたが、スキルレベルの高いドライバーほどAIの効果は高くなく、スキルレベルの低いドライバーの場合は空車時間を7~8%ほど短縮できたという。

図2AIがタクシードライバーの生産性に与える影響

AIがタクシードライバーの生産性に与える影響

縦軸はAIを使って空車時間が減る効果を表す。マイナスの方が効果が高い。横軸はドライバーのスキルレベルを表す。スキルレベルがマイナスの人たちに、AIの利用によって空車時間を減らす効果が出ていることを示している。

生成AIを対象とする海外の調査研究でも、似たような結果が出ている。米スタンフォード大学のエリック・ブリニョルフソン教授らが2023年4月に発表した論文によれば、ソフトウェア企業でチャットを使ったカスタマーサポートを担当している社員5179人を対象に、「ChatGPTを使うと仕事の生産性などにどのような影響があるか」を調査したところ、時間当たりの処理件数が平均でおよそ14%上昇した。高スキルの人たちにはほぼ効果がなかった一方で、低スキルの人たちは約35%増と、大幅に改善したという。このほかにも、専門的な文書作成を執筆専門家に依頼し、ChatGPTを使った場合の影響を調査した米国の研究論文もある。結果は同様で、生産性の低い人ほどChatGPT利用の効果が高かった。

「これら一連の研究は、AIとスキルが代替的な関係にあることを示しています」と渡辺氏は話す。スキルを持たない人がAIを使えば、そのスキルを身に付けたのと同様のことができるようになる。その結果、それまでスキルを蓄積してきた人にとっては、その価値が下がることを意味する。

「研究はあくまで特定のスキルに限定して行われています。複数の人々が関係し、生産性を定量的には測りにくい複雑なスキルや知見が必要な業務に対しても、AIが同様の影響を与えるのかは現時点ではわかりません。しかし、おそらくこれに近い影響が及ぶだろうと推測しています。AIがこれまでのテクノロジーとは異なる影響をスキルや業務のあり方に及ぼす可能性があることは、認識しておくべきでしょう」(渡辺氏)

AIにはキャリアチェンジのハードルを下げる効果も

上述の研究結果から、AIが与える影響として、以下の2点が想定されると渡辺氏は言う。

1つは、人間が比重を置くべきスキルに変化が生まれるということだ。世の中の大半の仕事は、単一のスキルだけで成立しているわけではなく、複数のさまざまなスキルを動員することで成り立っている。タクシードライバーの例でいえば、需要の高そうな日時と道順を予測する能力だけでなく、安全で快適に乗客を運ぶ運転技術や、乗客のニーズに合わせた接客・コミュニケーションスキルなどが欠かせないだろう。需要予測スキルがAIに代替される代わりに、そのほかのスキルの重要性が一層高まっていく可能性がある。

「実際に、どのスキルがAIに代替されやすく、どのスキルが人間に求められていくのかは、業種・職種によっても違ってくるはずです。本格的なAI時代に備え、自分の仕事がどんなスキルによって成り立ち、今後磨くべきはどのスキルか、自分なりにスキルの棚卸しをしていくことが必要になるでしょう」(渡辺氏)

もう1つは、新たな仕事にチャレンジしやすくなるということだ。例えばプログラマーになるには、プログラム言語の知識から論理的思考力まで、多様な知識とスキルの習得が求められるが、今後はAIがその一部を代替してくれるかもしれない。もちろん最低限の学習や努力は必要だが、「未経験だから」と諦めていた仕事にもチャレンジしやすくなる。

リスキリングの注目度が高まっているのも、環境変化に対応して、個々の働き手がより付加価値の高い仕事にシフトしていくことが求められているからだ。その意味でAIは脅威ではなく、むしろリスキリングへのハードルを低くする効果があるかもしれない。働き方の可能性を広げていくためには、未経験の分野に意欲的に挑戦していくようなマインドセットも重要になるだろう。

一方、AIの普及により、スキルや人財に対する企業側の捉え方も変わっていく可能性がある。タクシードライバーの例でいうと、未経験者やパート社員でも、AIの助けを借りれば短期間の研修で戦力化できる可能性がある。そこで企業としては、AIを活用すると同時に、人手を確保するためにこうした人財を積極採用していくことが考えられる。同時に、AIにはできない接客スキルの高いドライバーを増やしていくことができれば、事業全体の高付加価値化を図ることもできる。AIを起点に、事業展開や人事・採用を見直していく戦略が不可欠になるだろう。

そのために企業としては、タクシードライバーの例における需要予測スキルのように、自社内で標準化しやすいスキルを適切に見極め、そこにAIを積極的に活用していくような発想も重要になる。そうすれば、日本企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)も今まで以上に広範に進展していくだろう。

「実際には、標準化しやすいスキルがすべて単純にAIに置き換わるというわけではありません。自動運転技術のように市場規模や社会的インパクトが大きいと予想されるものほど積極的な研究開発がなされ、AIへの代替も早く進むと考えられます。企業としては、そうした研究開発の動向もウォッチして、費用対効果も踏まえて最も自社に相応しいAI活用を考えていくことが求められると思います」(渡辺氏)

渡辺氏も、自身の仕事に積極的に生成AIを活用しているという。

「現状では、主に情報の下調べに使ったり、長い文章を要約させたり、英語で書いた文章の校閲に活用したりしています。生成AIは間違いも多く、そのまま鵜呑みにできないので、気をつけながら使っている状態です。その意味で、マイクロソフト『BingAI』は情報のソースが表示されるので便利ですね。いずれにせよ仕事の効率化を図る意味でも、AIに何ができて何ができないのかを知る意味でも、個人もAIに慣れ親しんでいくとよいと思います」(渡辺氏)

Profile

渡辺安虎氏
東京大学大学院経済学研究科および公共政策大学院 教授
東京大学エコノミックコンサルティング株式会社 取締役

1998年、東京大学経済学部卒。ペンシルべニア大学で博士号取得後、ノースウェスタン大学、香港科技大学などを経て、2017年にミクロ経済学者としてアマゾンジャパン合同会社に入社し、シニアエコノミストに。2019年7月より現職。専門は実証ミクロ経済学(産業組織論、政治経済学、法と経済学)と計量マーケティング。

渡辺安虎氏