働き方 仕事の未来 人財 組織 「生成AI×人財マネジメント」で未来の働き方はどう変わるか

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2024.03.07
「生成AI×人財マネジメント」で未来の働き方はどう変わるか

2023年10月、Adecco Groupは未来の働き方やライフスタイルについてまとめた調査報告書「Global Workforce of the Future(未来のグローバルワークフォース)」の第4弾を発表した。
今回の調査では、人工知能(AI)と生成AIが仕事に与える影響にフォーカスしている。生成AIの登場は、個人の働き方だけでなく、組織・マネジメント・人事戦略などにも幅広く影響を与えていきそうだ。この変化をどう捉え、企業と個人はどのように対応していくべきか。
報告書の内容を踏まえ、HRテクノロジーと人財マネジメントの関係に詳しい慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科 特任教授の岩本隆氏に聞いた。

生成AIがもたらす
働き方の変化と可能性

2023年は「生成AI元年」とも言われ、ChatGPTに代表される生成AIの登場がもたらした社会的インパクトは極めて大きかった。すでに世界各国のビジネスパーソンの70%がChatGPTやGoogle Bardなどの生成AIツールを使用し、その価値を体感している。

図1生成AIを仕事で使用している割合

生成AIを仕事で使用している割合 クリックで拡大 オーストラリア、中国、スイスでは導入が進んでいるが、日本は全体平均を下回っており、導入が進んでいない。

出典:Adecco Group報告書「Global Workforce of the Future」(図1~4)

今回の調査結果を見ると、大半の人々が生成AIの影響について楽観的に捉えていることがわかる。「AIは自分の仕事にプラスの影響を与える」との回答は全体の62%にのぼった。マネジメントに要する負担を軽減し、より戦略的な作業に集中する時間をもたらし(59%)、一般的な仕事の時間を節約する(60%)テクノロジーだと捉えられており、生成AIによって職を失うことを懸念する声は全体の7%に過ぎなかった。

図2生成AIが仕事に与える影響

生成AIが仕事に与える影響 生成AIが仕事に与える影響

生成AIは管理業務の負担を軽減し、より戦略的な業務に集中する時間を生み出し、仕事の時間を節約するテクノロジーであると考えられている。

もう一つ興味深いのが、生成AIの使い方に関する回答だ。調査結果によれば、ビジネスパーソンが生成AIを利用する最大の目的は「情報を迅速に見つけること」だった。つまり現時点では、生成AIをいわば「高度な検索エンジン」と見なしている人が多い。

図3働き手はテクノロジーの移行を意欲的に捉えている

働き手はテクノロジーの移行を意欲的に捉えている 働き手はテクノロジーの移行を意欲的に捉えている

働き手は、組織のデジタルトランスフォーメーションや、AIをはじめとする革新的なテクノロジーの導入に賛同している。

しかし、マネジメント層は捉え方が少し異なり、「デジタルコミュニケーションのスピードアップを図るため」「コミュニケーションに費やす時間を作るため」「新しいアイデアを思いつくのを支援してもらうため」といった目的で活用するという声が目立った。職場に生成AIが浸透していくにつれて、今後はこうしたクリエイティブな使い方ももっと増えていくのだろう。

「生成AIは今後、コミュニケーションの質的向上に貢献するツールとして、ますます活用されていくはず」と岩本氏も指摘する。現在、普及しているのはテキストベースの生成AIだが、2024年からは画像や映像を創り出す生成AIが本格的に普及していくと考えられるからだ。ビジネスコミュニケーションでは、言葉だけではうまく伝わらないことがある。そこで我々はしばしばホワイトボードに絵や図を描いて伝えたりするわけだが、今後は生成AIに指示を与えるだけでイラストやアニメーションが簡単に作成できるようになり、自分が想定しているイメージを視覚的に伝えやすくなる。

「画像・映像系生成AIを活用することで、雑談や業務報告で終わりがちなワンオンワン・ミーティングなども、情報共有の質が格段に高まり、組織のパフォーマンス向上に寄与するでしょう。オフィスワークだけでなく、技能継承が課題となっていた製造業の現場などでも、VR(仮想現実)技術に加えて、今後は生成AIによる映像や画像、音声の活用が進むと考えられます」(岩本氏)

加えて岩本氏が期待するのが、人財マネジメントやイノベーション創出のためのAI活用の拡大だ。

例えば、近年の経営環境の変化に伴い、働く一人ひとりが自分のキャリアビジョンを設計し、必要なスキルを主体的に習得していく「キャリア自律」が重要になっている。そこで、自社内で実際にどの部門でどんな経験を積むと、どのようなキャリアが形成できるのか、過去の人事データを集約して生成AIに学習させ、キャリア形成に悩む社員に最適なロールモデルを提示するといったことが可能になる。つまり生成AIは、キャリア自律を強力にサポートするツールにもなり得るということだ。すでに日本の大手企業でも導入する例が出ている。社内にさまざまな成長機会が存在することをエビデンスを基に示せるので、キャリア自律を促すだけでなく、エンゲージメント向上や離職防止にも貢献するだろう。また最近は、日本でもSlackなどビジネスチャットツールを職場で活用しているケースが増えている。そこでやり取りされているテキストデータには、社内にどんな知見を持った人財がいて、現在どのような仕事に携わっているかという貴重な情報が含まれている。それを生成AIに学習・分析させ、他の部署の情報とマッチングできれば、社内に横断的な連携が生まれ、新たなイノベーション創出の契機になるはずだ。

「セキュリティの観点から社外情報へのアクセスを制限している企業はよく見られますが、社内の他部門への情報アクセスも禁じている例が少なくありません。個人情報や機密情報への配慮は必要ですが、社内に限ればフェイクニュースなどが混入するリスクも少ないですので、ぜひAIを積極的に活用して部門横断的な情報連携ができる仕組みを取り入れてほしいですね。タテ割りの組織構造を見直す契機にもなると期待できます」(岩本氏)

図4将来、人間の役割はどうなるのか

将来、人間の役割はどうなるのか 将来、人間の役割はどうなるのか

AIは単なるツールであり、EI(感情的知性)や共感力といった人間特有の特性が仕事に影響すると、多くの働き手は考えている。

生成AIが普及すればするほど
「ソフトスキル」が重要に

生成AIの普及に伴い、働く個人に求められるスキルはどのように変化していくのだろうか。例えば、経済産業省が公表している「DXリテラシー標準」では、ビジネスパーソンが身につけるべき基本的なデジタルスキルとして、生成AIに適切な指示を与え、より良い回答を引き出すスキルである「プロンプトエンジニアリング」などを挙げている。

ビジネスパーソンとしては、生成AIを使いこなすためのスキルに関心が向かいがちだが、テクニカルなスキルは陳腐化しやすいことに注意が必要だと岩本氏は話す。

「デジタル関連のスキル全般に言えることですが、デジタルテクノロジーは進化のスピードが速く、使いこなすテクニカルなスキルも陳腐化しやすい。今は時代の大きな転換期にあり、ビジネスパーソンに求められるスキルも流動的で捉えにくいと思います。生成AIを活用するための基本的なリテラシーやテクニカルスキルを身につけることも重要ですが、中長期的には『ソフトスキル』と呼ばれるコミュニケーション力や課題発見・解決力、リーダーシップなどをどう社内で育んでいくかが競争優位性を左右していくでしょう」(岩本氏)

生成AIは人的資本経営にも貢献
日本的経営の変革の原動力になるか

生成AIは人的資本経営においても活用の余地が大きいと考えられる。

人的資本経営とは、人財を企業の価値創造の源泉と捉え、社員一人ひとりの資質・能力を発揮させる経営を指す。人的資本に関する情報開示への要請も強まっており、2018年12月に、人的資本報告のガイドラインとしてISO30414が公表されたのもその一環と言える。また、HRテクノロジーの発展により、企業が抱える人財の実態を定量的データによって捉えられるようになったことも、人的資本経営の普及を促している。

「以前から日本では『企業は人なり』と言われていました。人的資本経営の機運の高まりは、本当の意味で人を大切にする経営を体現できているか、改めて見直す契機になっています。日本の場合、労働力減少が顕著なので、資本市場よりも労働市場を意識して、若い世代に選ばれる企業になろうと人的資本経営に熱心に取り組むケースが多く見られます」(岩本氏)

人的資本経営を実践するには、社内の実態を把握することが大前提となる。従業員エンゲージメントやウェルビーイングなど人的資本KPI(重要業績評価指標)を定めた上で、HRテクノロジーのツールを活用し、「いきいきと働けているか」「成長実感はあるか」など定期的にサーベイを行っていく。ただ同じ企業内でも、エンゲージメント向上につながる具体的な施策は部門によって違ってくる。そこで、過去の施策とエンゲージメントの関係性をデータとして蓄積し、生成AIに学習させれば、どの施策が最も効果的なのかがより正確に判断できるようになるだろう。

社内人財のスキルデータを詳細に把握できるようなHRテクノロジーのツールはすでに普及している。今後は前述のように、社員一人ひとりのキャリアビジョンやキャリア形成に関するデータも蓄積されていくだろう。これらを集約して生成AIに学習・解析させることで、人財の見える化が進み、極めて精度の高い「適材適所の人財マネジメント」が技術的には可能になっていく。

「この潮流は、多様な人財に活躍してもらい、イノベーションを創出していくために不可欠ですが、一方で年功序列やメンバーシップ型雇用など、これまでの日本企業の人事・雇用・組織のあり方には合致しにくいと言えます。特に日本の大企業は、今後この変化にどう対応していくのか、興味深いテーマです。生成AIをはじめとするテクノロジーの進化が、日本企業の改革の原動力となっていってほしいと考えています」(岩本氏)

Profile

岩本 隆氏

岩本 隆氏
慶應義塾大学大学院
政策・メディア研究科 特任教授

東京大学工学部金属工学科卒業。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)工学・応用科学研究科材料学・材料工学専攻Ph.D.。日本モトローラ株式会社、日本ルーセント・テクノロジー株式会社、ノキア・ジャパン株式会社、株式会社ドリームインキュベータを経て、2012年6月より2022年3月まで慶應義塾大学大学院経営管理研究科特任教授、2018年9月より2023年3月まで山形大学学術研究院産学連携教授、2022年12月より慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任教授。(一社)ICT CONNECT 21理事、(一社)日本CHRO協会理事、(一社)日本パブリックアフェアーズ協会理事、(一社)SDGs InnovationHUB理事、(一社)デジタル田園都市国家構想応援団理事、(一財)オープンバッジ・ネットワーク理事、ISO/TC260国内審議委員会副委員長。