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働き手を優先した制度の中で自由に働く
―ブラジルに見る働き方―

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2025.06.03
働き手を優先した制度の中で自由に働く ―ブラジルに見る働き方―

南米大陸で最大の面積を有し、中南米最大の経済大国であるブラジル。1年を通して暖かく、陽気で情熱的な国民性でも知られている。2012年にブラジルへ移住し、2014年より中南米のスタートアップに投資するベンチャー・キャピタリストとして活動している中山充氏に、ブラジルにおける人々の働き方や仕事に対する考え方などについて聞いた。

働き手に手厚い制度が整備される一方で解雇も多い

――ブラジルでは、法令で年間30日間の有給休暇を必ず取得するよう義務付けられていたり、残業も基本的に1日2時間までと定められていたりと、働きやすい環境が整っているようです。

働き手にとってかなり手厚い制度が整っていると思います。一方でブラジルは日本のパートタイマーのように1日に数時間、週に数日間だけ勤務するという形態は一般的ではなく、ほぼフルタイムの正社員。そのため、フレキシブルな働き方が難しいという特徴があります。

また、勤続年数に応じた金額を支払えば、会社側は従業員を理由なく解雇できてしまう点も特徴的と言えます。ブラジルでは労働組合の力が強く、インフレを背景に毎年給与アップが続いていますが、ときにインフレ率より昇給率が高いこともあるため、人件費の高騰を懸念して長期雇用を避ける企業は少なくありません。

そのため、企業と働き手の関係性は日本よりもドライな印象です。働き手はいつ解雇されるかわからないので、少しでも給与が高い企業にどんどん移っていきます。従来の日本のように、1つの会社にとどまって昇進・昇級を目指す人は多くはありません。

ただ働き方に関しては、最近になって変化の兆しが出てきています。正社員として縛られるのではなく、もっとフレキシブルに働きたいという人が増えていることから、個人事業主として企業と業務委託契約を結ぶケースが増えつつあります。たとえばスタートアップなど、資金力が低く体力がない企業では、業務委託をうまく活用しているところが多い印象です。

自社主催のBrazil Japan Startup Forum 自社主催のBrazil Japan Startup Forum

仕事よりも家族が第一。プライベートを大事にする国民性

――ブラジル人の「働くこと」に関する姿勢は日本人とどのように違いますか?

わかりやすいのは、就業時間以降の付き合いはほぼないという点ですね。特に家族を持つ人は、仕事が終わったらまっすぐ家に帰ります。それだけ家族との時間を大切にしているということ。独身の若手であっても、金曜日の夜に軽く飲んで帰る程度です。私の会社でも、会社のイベントごとは基本的にランチで行い、夜飲みに行くことはありません。

ブラジルは家族や親戚を大切にするので、週末はたくさんの親族が集まり毎週のように「親戚の誰かの誕生日会」が行われています。仕事終わりだけでなく週末も家族や親戚と過ごすのが当たり前で、優先順位の上位は常に家族です。

――どのような働きぶりが評価されやすいのでしょう?

ブラジルは成果主義の傾向があり、具体的なKPIは職種によりますが、給与における成果報酬の比率が高い点が特徴です。ひと昔前の日本のように、「上司よりも早く出社して、上司よりも遅く帰る」「真面目に一生懸命働いている」といった形式的なことで評価が左右されるケースはほぼないと考えます。

――女性活躍を始めとしたダイバーシティは進んでいるのでしょうか?

ブラジルは非常に多様性の高い国です。貧富の差も激しいし、地域の差もものすごく大きい。「ブラジルでは」という大きな視点で語ると誤解を招くと思います。

「都市部のホワイトカラーでは」というくくりで言うと、日本よりもダイバーシティが進んでいて、女性も多く活躍している印象です。貧富の差の現れとも言えますが、家政婦やベビーシッターを雇っても月10万円もかからないため、女性が社会進出しやすいのだと思います。大企業で上位ポストに就いている女性も珍しくはありません。管理職になるとフレキシブルな働き方もできるようになるため、子どもの送り迎えや家の用事があっても、自身で時間を調整することで仕事と家庭を両立させやすいと言えます。

私の周りでブラジルに駐在している日本人は一様に「ブラジルは子育てしやすい国」と言いますね。制度面だけでなく、街行く人がみんな子どもにやさしいのが特徴。電車の中で子どもが泣いているとあやしてくれることも。オンラインミーティングに子どもが入ってくるのも「よくある光景」です。

コロンビアのB Venture Capitalチームとのランチミーティング コロンビアのB Venture Capitalチームとのランチミーティング

「AI」はすでに生活の一部に、ビジネスでの活用も一般的

――2020年に日本オラクル等が行った調査によると、ブラジルの「職場におけるAI活用」は世界11カ国中4位だったとのこと。ブラジル国内で、AI活用はどれぐらい進んでいるのでしょうか?

AIは、すでに日常生活に溶け込んでいるという印象です。決して特別なものではなく、あえて「AI」と意識することもあまりありません。

ブラジルはデータ社会であるという点も、AIが浸透している理由の一つです。かなり以前からマイナンバー制度が導入されており、マイナンバーを登録しておけば、レストランやスーパーで支払う時には一定の税金が戻ってきます。これにより、どの店舗でも「Aさんが何回来店して何を買っているのか」といったデータが取れる状態にあります。

また「ピックス(PIX)」という銀行口座間の送金システムが整備されていて、法人・個人問わずブラジルの人は誰もが活用していますが、そこでのお金のやり取りもデータとして蓄積されています。つまり、活用できるデータ量が日本よりも圧倒的に多く、そのデータを活用したビジネスも多数生まれています。

ブラジルでは、よくクレジットカードが使用できなくなってしまうのですが、これはイレギュラーなアクションをAIが学んでいて不正利用を防止しているから。また治安があまり良くないので、マンションでもオフィスビルでも入口で警備員に身分証を見せる必要がありますが、それもAIによる画像認証に置き換わりつつあります。AIを社員の勤怠管理に活用する企業も増えています。

前述の通り、働き手を保護する制度が多いため、その分企業が守らねばならない法律も多いです。人的ミスであっても法律を破ってしまったときの罰則が大きいことから、勤怠管理などの業務をAIで自動化すれば法令順守しやすく、訴えられにくくなるという企業側の狙いもあるようです。

――そうなると、AIに仕事を奪われてしまう人も増えそうですね。特にホワイトカラー以外の仕事が減り、貧富の差がさらに激しくなってしまうようにも思えます。

ブラジルでは、あくせく働いてお金を稼ぐことだけを人生の目的と考える人は少ないように感じます。ビーチに行ってビールを飲めば、みんな幸せ。毎年2~3月頃に全国各地でカーニバルがありますが、「カーニバルが終わるまでは年末年始休暇」と捉える人もいるほどおおらかです。資源が豊かな国で、鉄鉱石や石油もとれるし、農業国としても知られています。牛も豚も鶏も、果物やコーヒー豆も、広大な土地があるので何を作っても世界トップクラスの生産量になる。そうした豊かさがベースにあります。

――中山さんご自身も普段の生活でAIに触れる機会が多いと思いますが、仕事ではどのようにAIに関わっていますか?

あらゆるシーンで活用しています。仕事柄、投資家に対してプレゼンする機会が多いですが、資料を作る際にはAIでのリサーチは欠かせません。翻訳機能も頻繁に使います。現在、ブラジル・コロンビア・ペルーのチームで現地スタートアップへの投資育成や、日本企業の中南米進出支援を行っていますが、ブラジルはポルトガル語であるのに対し、コロンビアとペルーにいるスタッフはスペイン語、そして投資家は主に日本人なので、日常的にAIで翻訳しながら情報共有しています。実はブラジル人は日本人と同じぐらい英語が苦手です。人口約2億1千万人なので、英語を話せる必要性が低いというのもありますが、LLM(Large Language Models)が浸透して言語の壁が取り払われつつあります。

投資先であるスタートアップも、AI関係のビジネスを手掛ける会社が目立ちます。多いのはFinTechやSaaS系で、最近ではEコマースの問い合わせ対応システムや、AIとドローンを組み合わせたサービスなどを手掛ける企業を支援しています。とはいえ「AIビジネスだから伸びている」というわけではなく、「課題解決のための手段の一つとしてAIが活用されている」ということです。国としてまだまだ課題が多く、AIで解決できそうなことも多いため、関連ビジネスもたくさん生まれているという印象です。

ブラジルの中西部の農地を日本のメーカーと訪問 ブラジルの中西部の農地を日本のメーカーと訪問

投資や進出支援で、日本と中南米とのパイプをさらに太くしたい

――今後の中山さんの目標や、ビジネスの展望などをお聞かせください。

私はもともと、日本よりも経済の伸びしろがある国で、日本とのパイプラインになりたいと考えてブラジルに来ました。ブラジルには日系人は多いですが、日本からの観光客や駐在している人は多くありません。日本と中南米のパイプを太くすることに貢献したいという強い思いを持っています。

また、中南米の起業家のサポートもより強化したいと考えています。起業家の失敗パターンには共通点があって、わかっていれば防げることがたくさんあります。日本では起業システムが比較的早く発達したので、ノウハウの蓄積が豊富です。そのナレッジをブラジルに展開すれば、中南米での起業の精度も高められるはず。結果、サポートしているスタートアップが順調に成長し、われわれの事業収益も上がると考えています。

コロンビアはブラジルよりも起業するためのシステム整備が遅れていますし、ペルーはさらに遅れているので、日本の起業ナレッジをブラジルで生かし、そこで得た知見をコロンビアやペルーに展開すれば、失敗を最小限に減らせると考えています。

日本から中南米に進出する企業も増えつつあります。たとえば、脱炭素と呼ばれるカーボンクレジットの要素技術を手掛けるスタートアップや、宇宙関連のベンチャー、AgriTech系のベンチャーなど。これらのテーマは、ブラジルのような広大な土地を持つ国でこそ貢献しやすいという特徴があるでしょう。経済産業省や外務省、農林水産省などと連携しながら、このような企業の海外展開サポートをさらに強化していきたいです。

私の人生のKPIは、「日本から中南米に何人連れてくることができるか」。明確な目標人数があるわけではありませんが、観光でも起業でも海外進出でも、この地に魅力を感じ、興味を持って訪れてくれる人を着実に増やしていくことが、人生の大きな目標です。

Profile

中山充

中山充(なかやま・みつる)氏
B Venture Capital General Partner

1998年に早稲田大学卒業後、ベイン&カンパニー東京支社勤務。2000年に起業した後、2011年IEビジネススクールMBAを経て2012年ブラジルに移住。ベイン・サンパウロ支社で2年半勤務後、2014年より中南米のスタートアップに投資するベンチャー・キャピタリストとして始動。現在はブラジル・コロンビア・ペルーのチームで現地スタートアップへの投資育成、日本企業の中南米進出支援を行う。