原山優子氏
GPAI東京専門家支援センター長/東北大学名誉教授
スイス・ジュネーブ大学院教育学博士課程および経済学博士課程修了。ジュネーブ大学経済学部助教授、経済産業研究所研究員を経て、2002年より東北大学大学院工学研究科教授。経済協力開発機構(OECD)科学技術産業局次長を経て、2013年総合科学技術・イノベーション会議常勤議員。2020年からは理化学研究所理事を務める。2024年にGPAI東京専門家支援センターのセンター長に就任。

AIの急速な技術進化と普及の進展は、産業や社会生活に利便性向上をもたらすだけでなく、人間の価値観の大きな転換や予期せぬ社会課題を導く可能性もある。
そのため現在、AI利用に関する国際的な合意形成やルールづくりの動きが進んでいる。G7主導で発足した国際組織であるGPAI(AIに関するグローバルパートナーシップ)もその一つだ。
中長期的な観点でAI活用を見据えたとき、組織のあり方やリーダーシップはどう変化するか。企業経営者はどのような視点を持つべきか。
東北大学名誉教授であり、GPAIのワーキンググループ「仕事の未来」の共同議長を務めた原山優子氏に聞いた。
――AIの進化に伴い、企業経営や働く環境はどう変わるとお考えですか。
AIへの注目度が高まったことは過去にもありましたが、生成AIの登場を契機とする今回の波は、これまで経験したことのない現象をもたらしています。従来は専門家が使うツールでしたが、ChatGPTのような言語系生成AIなどは必ずしもそうではなく、あっという間に私たちの日常生活に溶け込んでいきました。かつてのインターネットと比較しても、その浸透の速度は極めて速いです。
さらに2025年は「AIエージェント元年」と呼ばれました。これまでのAIは人間の質問に答えるだけで、その結果をどう使うかは人間が判断します。これに対しAIエージェントは、その先の判断や行動まで担うことを目指すものです。
AI技術の発展を見通すのは難しいですが、自律性を備えたエージェント化が進む可能性は高いです。その潮流にどう対処するかを、事後対応ではなく技術進化と並行して考えていくことが重要です。AIのエージェント化は、単に生産性を高めるだけでなく、人間が担ってきた意思決定と行動が機械に委譲・代替される可能性を示しているからです。組織運営やガバナンスなど経営に与えるインパクトは大きいですし、組織のあり方や人の働き方、労働観に大きな影響を及ぼします。この点を、経営者の方々はしっかりと認識しておく必要があると考えます。
――このような時代に今後、経営者が持つべき心構えについてお聞かせください。
私の立場からお伝えしたいのは、「AIの活用」と「人間力の維持強化」を両立することの重要性です。AIを上手に使えば、経営判断の合理性と効率性を高める上で大きな力となりますが、AIに任せるだけで十分かといえば、そうでもありません。
AIエージェントに対し、今問われているのは「ヒューマンエージェンシー」だと私は考えています。つまり、私たちが本来持っている判断力や行動力、あるいは多様な情報を解釈して自分の意思として形成する力です。その一部がAIに代替されると、おそらくその力を使わなくなるでしょう。人間はどうしても楽な方へ流れる生き物ですから。
だからこそ意識的にトレーニングを続けなければならない。「筋トレ」に例えて「脳トレ」を提唱します。何度も深く考え抜くような作業を自ら日常的に行うことが大切です。最近読んだ論文によると、内視鏡検査の画像をもとに癌かどうかを判別するのはAIが圧倒的に得意で、新米の医師よりも正確に診断できるといいます。これは素晴らしいことですが、その結果、人間が自ら学び判断する機会が失われ、医師としての能力が低下してしまうリスクもあるということでした。自力で取り組む場面を意図的につくらなければ、私たちの能力は衰えてしまうでしょう。
――AIを企業経営に活用していくうえで、経営者にはどのようなリーダーシップや組織づくりが求められますか。
企業にとってAI活用は、経営のあり方を根本から見直す絶好の契機と捉えるべきです。AIは意思決定の仕組みから人が働くことの価値まで、大きく変える可能性を秘めているからです。この力を前向きに生かすには、「自社をどう変えたいのか」「どのような企業像を目指すのか」を明確にし、組織のあり方やリーダーシップのスタイルを含め、経営全体を改めて議論のテーブルに載せる必要があります。
ただ、従来型の経営改革や技術導入とは違って、AIは進化のスピードが極めて速いので、最初から明確なゴール設定をすることは困難です。だからこそ、社内の多様な意見を取り入れ、試行錯誤を重ねるなかで、自社にふさわしい方針や目的を徐々に形づくっていくことが求められます。
「研究開発部門に任せる」「外部コンサルに丸投げする」といったパッチワーク的なやり方では絶対に対応できません。より本質的な変革につながるよう、組織構造や意思決定の仕組みを見直し、部門横断的なチームを編成するとともに、それが実際に機能するように、対話と試行錯誤を重ね学習していくカルチャーを築くことが不可欠です。
またAIは、経済学でいう「経験財(エクスペリエンスグッズ)」に近い存在ともいえます。食べてみなければ味がわからないように、AIも実際に使ってみなければその価値が判断できません。そのため、いきなり基幹業務に導入するというよりは、まずは外部と切り離した専用環境を用意して、価値を試すような導入方法が効果的です。機微なデータを保護しつつ、トライアルを重ねることでリスクを抑えながら学べます。
その際、社員を積極的に参加させ、社員と共にトライアンドエラーを重ねながら、自社のAI活用に必要な独自のスキルを明らかにし、組織全体の学びにつなげていくとよいでしょう。
――AI活用では、若手人財の活躍が重要だとご指摘されていますね。
はい。AIを起点に経営改革に着手するなら、AIに親しんだ若手社員がリーダーシップをとる形が望ましいと考えています。変化の激しい今の時代、リーダーシップは必ずしも経営層やマネジメント層だけのものではなく、状況によっては入社間もない社員が発揮することもあるはずです。最終的な経営責任は経営トップがしっかりと担い、またガバナンスやコンプライアンス、情報セキュリティなど若手では判断が難しい領域は上層部が補完する。そのうえで、AI導入の具体策は若手社員にアサインし、リードを任せていく。経営トップが若手から学ぶという姿勢も重要です。こうした発想の転換こそが、AI時代に求められるものです。
――AIの進化がもたらす労働環境の変化や、国際的な課題についてもお聞かせください。
AIの普及は社会的なインパクトが大きいだけに、それが予期せぬ負の影響を与えることがないよう、ガードレール的な枠組みを検討していくことも重要で、すでに国際的な議論が進んでいます。G7の主導で2020年に発足した、AI研究の国際的な支援組織であるGPAIでも、そうした取り組みを重ねています。
GPAIによる調査と議論を通じて浮かび上がった重要な課題として、人へのリスペクトが失われたり、人間労働の価値が軽視されたりするリスクが挙げられます。AIがさまざまな労働プロセスに入り込むようになれば、人間がAIの指示に従うような状況も起こりえます。AIと協業するような職場でも、人間が適切で公正な労働条件で働けるよう担保していく必要があります。
もう一つ、「データワーカー」の労働環境の問題があります。AIの高度な学習・推論能力を支えているのは膨大なデータセットです。その収集作業は大規模な人手に依存しており、その担い手の多くは開発途上国やグローバルサウスにおける低賃金労働者です。これがデータワーカーと呼ばれる新しい職種で、AIの基盤を支える存在ですが、労働環境は十分に議論されていません。最低限の報酬を担保するとともに、トレーニング環境を保証していくことは重要です。こうした対策を多元的に取り入れなければ、新たな国際的格差問題を生じさせてしまう可能性があります。
――この文脈で、企業経営者はどんな点を留意すべきでしょうか。
こうした国際的な議論をご存じの方も多いと思いますが、それを他人事で終わらせないでほしい。AIを起点に生じる社会課題や、それを防ぐための国際的な枠組みづくりに対して、「当事者」として向き合っていただきたいのです。GPAIなどが主導する国際的な議論を受け身で捉えるのではなく、当事者として参加し、自社の経験を可能な限り共有する。それは、より良い枠組みづくりに貢献することにもなります。AI時代の経営者に求められる姿勢ではないでしょうか。
原山優子氏
GPAI東京専門家支援センター長/東北大学名誉教授
スイス・ジュネーブ大学院教育学博士課程および経済学博士課程修了。ジュネーブ大学経済学部助教授、経済産業研究所研究員を経て、2002年より東北大学大学院工学研究科教授。経済協力開発機構(OECD)科学技術産業局次長を経て、2013年総合科学技術・イノベーション会議常勤議員。2020年からは理化学研究所理事を務める。2024年にGPAI東京専門家支援センターのセンター長に就任。