働き方 仕事の未来 組織 「キャリア自律」を求める前にキャリア意識の醸成を

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2020.04.15

人生100年時代を迎えると同時に、ビジネスの不確実性が高まるなかで、働き手自身が自律的にキャリア開発に取り組むことが重要といわれる。
しかし、日本ではそもそもキャリア意識が乏しいのが実情だ。これからのキャリアをどう捉えればいいのか。
1人ひとりがキャリア意識を高めるための留意点は何か。個々のキャリア開発を企業側はどう支援すべきか。
キャリア観の国際比較や人財マネジメント論に詳しい早稲田大学大学院経営管理研究科教授の竹内規彦氏に聞いた。

国際的に見て低い日本のキャリア・アダプタビリティ

雇用を取り巻く環境に合わせて、働き手が自身のキャリアを適応させていく能力のことを「キャリア・アダプタビリティ」と呼ぶ。キャリア研究の第一人者である米国のマーク・サビカスが提唱した概念だ。

グローバル化やデジタル化などで環境変化が激しくなるなか、今後ますます重要になる能力だが、「残念ながら、日本のキャリア・アダプタビリティは国際的に見て低い水準にある」と、竹内氏は話す。

図は、竹内氏の研究グループが日本で実施したキャリア・アダプタビリティに関する調査結果を、フランスとドイツにおける結果と比較したものだ。

マーク・サビカスの4つの質問に対する回答から、キャリアに対する「関心」「自己決定(コントロール)感」「好奇心」「自信」の度合いを数値化している。

キャリア・アダプタビリティの国際比較

〈サビカスによる「キャリア・アダプタビリティの4つの質問」〉

  1. 1)自分のキャリアに将来はありますか?(キャリアへの関心)
  2. 2)自身の将来をあなた自身で決められますか?(キャリアに対する自己決定(コントロール)感)
  3. 3)自身の将来をどうしたいですか?(キャリアへの好奇心)
  4. 4)それを実現できますか?(キャリアに対する自信)

〈4つの質問から導き出されたキャリア・アダプタビリティ(CA)〉

クリックで拡大注:日本(n=5442)のスコアは筆者の調査データに基づく。フランス(n=619)・ドイツ(n=753)のスコアは、以下の文献より引用。Maggiori, C., Rossier, J., & Savickas, M. L. (2017).Career adapt-abilities scale–short form (CAAS-SF) construction and validation.Journal of Career Assessment, 25(2), 312-325.
  • 注:日本(n=5442)のスコアは筆者の調査データに基づく。フランス(n=619)・ドイツ(n=753)のスコアは、以下の文献より引用。Maggiori, C., Rossier, J., & Savickas, M. L. (2017).Career adapt-abilities scale–short form (CAAS-SF) construction and validation.Journal of Career Assessment, 25(2), 312-325.
クリックで拡大注:日本(n=1768)のスコアは筆者の調査データに基づく。フランス(n=703)・ドイツ(n=725)のスコアは、Maggiori et al.(2017)より引用。
  • 注:日本(n=1768)のスコアは筆者の調査データに基づく。フランス(n=703)・ドイツ(n=725)のスコアは、Maggiori et al.(2017)より引用。

日本のキャリア・アダプタビリティは、フランス、ドイツと比べるとかなり低い。日本の世代別データでは、20-30代は40-50代に比べてキャリアへの関心が高いことがわかっている。

これを見ても明らかなように、キャリア・アダプタビリティを構成する4要素のすべてで、日本はフランス・ドイツと比べて低くなっている。

「実際、キャリアカウンセリングなどでこれらの質問を投げかけても、明快に答えられるビジネスパーソンはあまり多くありません。

特に低いのが『関心』と『好奇心』です。自分の将来を展望しながら、環境に合わせてキャリアをリニューアルしていく『キャリア自律』が重要といわれますが、そもそもキャリアを深く考える習慣や意識に乏しく、ビジョンや価値観が定まっていない。この現状をしっかりと認識することが、企業がキャリアマネジメントを進めていくうえでの第一歩です」

今後、働き手のキャリア意識を高めていくことは重要だ。しかし、企業側がむやみに「キャリア自律」を求めるのは得策ではないと竹内氏は話す。

「『自律』を掲げながら、管理職層や人事部門が社員に対しキャリアの見直しを強制するようなやり方は、むしろ『他律』的ですよね。矛盾した指示・命令により精神的なストレスをもたらす、いわゆるダブルバインド(二重拘束)状態に陥ってしまい、好ましくありません。

『キャリア自律』が声高に叫ばれながら、うまく進んでいない原因の1つはそこにあります。ですので、自らキャリアに関心を持てるような機会をできる限り設けて、時間をかけてキャリア意識を醸成していく姿勢が大切です」

ロールモデルの模倣ではなく「ライフテーマ」の自覚が大切

では、具体的にどのような施策が望ましいのだろうか。日本の多くのビジネスパーソンは、業務上の目標達成に日々追われ、どんな仕事人生を送りたいか、そのために中長期的にどのようなキャリアを積むべきかと考える機会を持ちにくい。

「キャリアの振り返りの機会を設けるのは良い方法です。ビジネススクールの私の講座では、ケーススタディとしてさまざまなキャリア事例を読み、その感想を語り合うワークショップを行っています。

単に職務の経歴を表面的に追いかけるのではなく、『入社後に希望と異なる配属をされて不満感が大きかった』『信頼していた上司が異動となり、次の上司とは折り合いが悪くて離職を考えた』など、内面の開示にもつながる場を設けると、経験や感情とリンクさせながら、自分が求めるキャリアを次第にイメージできるようになります」

今はキャリアの過渡期でもあり、何のヒントもなしに自分でキャリア観を創り上げるのは難しい。企業側がキャリアパスのプロトタイプのようなものをある程度提示することは必要だと竹内氏は言う。

「そのなかから自分に最も近いのはどれか、あるいはどのタイプを組み合わせると自分のキャリア観に合致しそうかなどを考えてみる。こうした取り組み自体が、キャリアに対する好奇心を醸成します」

ただし自分のキャリア観を追求することは、与えられたロールモデルを模倣することとは違う。憧れの経営者や身近な上司など、誰かが歩んだ道をトレースしようとしても、それは自分らしいキャリアとはいえないだろう。

働く側が、自分らしいキャリアを探るうえでのヒントとして、竹内氏は「ライフテーマ」を挙げる。前述のサビカスが「キャリア・アダプタビリティ」と並んで重視したキャリア構築におけるカギとなる概念だ。

「何のために生きるのか、仕事において最も大切にしていることは何か、働いて何を得たいのかなど、文字通りその人にとっての『人生のテーマ』です。

例えば子どもの頃、尊敬していた人物は誰か。好きだった本は何か。どんなものを美しいと感じるか。そういうところを端緒として、自分の興味・関心、共感できるものの所在を探っていくと、自分のキャリアにおいても譲れない価値基準が見えてきます。

もし現状のキャリアに違和感や疑問を感じているとすれば、ライフテーマとのズレが生じているのかもしれません。ライフテーマが明確であれば、中長期的なキャリアビジョンも立てやすくなります」

多様なキャリアへのきめ細かいサポートが重要に

もう1つ、今後のキャリアマネジメントで重要になるのが「多様性」への対応だ。すでに働き手のキャリア観は多様化が進んでいる。特に大きいのは世代間のキャリア意識の違いだ。

前述のキャリア・アダプタビリティの調査を世代別に見ると、40-50代の管理職世代のキャリア・アダプタビリティは低い一方で、20-30代のキャリアへの関心は相対的に高い。

最近の若い世代は、社内での昇進志向や専門職志向が低下傾向にあるという。出世や専門性の習得ではなく、短期的な働き甲斐や達成感を優先して、積極的に仕事領域を変更したり転職を繰り返すような人財が増えていく可能性もある。

「企業としては、40-50代の意識改革への支援が求められる一方で、若い世代の多様なキャリア観を許容するようなマネジメントも重要になります。

彼らは人生100年時代の自分のキャリアを真剣に考えていますから、頭ごなしに否定したり、上司の過去の成功体験を押し付けるのはナンセンス。それが世代間のコミュニケーションを阻んでしまいます。

逆に身近な上司から、自身のキャリアがサポートされていると感じられると、会社の理念や価値観を受け入れやすくなることがわれわれの最新の研究で明らかとなっています。

個人のキャリア観を尊重しつつ、組織への貢献を引き出すような高度なリーダーシップが管理職層に求められていくでしょう。

キャリアの満足度は、業務のパフォーマンスと密接な関係があることも研究によってわかっています。自分のキャリアに納得できていないのにいい仕事をしろと言われても難しいですよね。企業の成長性にとっても決して無視できない問題といえます」

Profile

竹内 規彦氏
早稲田大学ビジネススクール(大学院経営管理研究科)博士(学術)教授

名古屋大学大学院国際開発研究科博士後期課程修了。博士(学術)学位取得。東京理科大学准教授、青山学院大学准教授等を経て、2012年より早稲田大学ビジネススクールにて教鞭をとる。17年より現職。専門は組織行動論、人材マネジメント論。
16年早稲田大学リサーチアワード(国際研究発信力)受賞。18年・19年同ティーチングアワード受賞。