テクノロジー 仕事の未来 ディープラーニングは「小さなトライ」の積み重ねが成功への重要な一歩

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2020.05.27
ディープラーニングは「小さなトライ」の積み重ねが成功への重要な一歩

現在の「第3 次AI ブーム」のきっかけとなった技術が「ディープラーニング(深層学習)」である。しかしAI という言葉がバズワードのように一人歩きし、最新のディープラーニングが何をもたらしたのか、企業はそれをどう活用すればいいのかが見えにくくなっている。
一般社団法人日本ディープラーニング協会理事兼事務局長の岡田隆太朗氏に、ディープラーニングのもたらす可能性と今後の日本の課題などについて聞いた。

画像・音響・言語解析を飛躍的に向上させる技術

「AI(人工知能)を一過性のブームと捉えてはなりません」と岡田氏は強調する。

AI とは、人間と同じ知的な処理能力を持つ機械(情報処理システム)である。歴史は古く1956 年まで遡ることができ、アプローチの方法も多種多様。しかし専門家の間でもAI とは何かの定義は異なる。

「現在のAI ブームは紛れもなく『ディープラーニング(深層学習)』によってもたらされたもの。しかし現状では、昔の研究成果も最新のディープラーニングも、すべて『AI』という言葉でおおざっぱに表現されている。正しく理解して導入しないと、十分な成果が出ずAI に対する失望感だけが広がってしまう恐れがあります。改めて『ディープラーニング』の登場によって可能になったことを理解してもらうことが極めて重要。当協会が『AI』ではなく『ディープラーニング』を掲げているのもそのためです」

ディープラーニングは、AI 技術における「マシンラーニング(機械学習)」の一手法として位置づけられる。特徴は、画像や音、言語などのデータの中から、コンピュータがその特徴やパターンを自動的に抽出できるように学習していける点にある。例えば従来の画像解析では、画像を識別するための特徴(色や形など)を事前に人間が定義しておく必要があった。

しかしディープラーニングでは、コンピュータ自身が大量の画像データを基に識別すべき特徴を見出し、その抽出精度を高めていく。いち早く画像解析の分野において、飛躍的な成果をもたらした。すでにMRI などの医療画像を分析して診断・治療に役立てるなど、実用化が進んでいる。

「音響解析の領域でも、トンネルなどの構造物の異常個所を検出する打音検査にディープラーニングを活用する研究が進んでいますし、養豚場で豚の鳴き声をもとに妊娠を判断するシステムを開発しているユニークなスタートアップもあります。言語領域では、自動翻訳はもちろん、視覚障がいの方のために、文章の意味を要約してから短い点訳文にまとめる技術も開発されています。どこまで精度が出せるかは今後の研究次第ですが、ディープラーニングの活用領域がどんどん広がっているのは確かです」

AI 研究もビジネスへの活用も米国が圧倒的に先行

AI の導入について、世界の中でも先行しているのは米国だ。

「研究者数や論文の数だけを見ても、米国の優位は明らか。GAFA などの先進企業は成果を新たな価値創造に生かすことに貪欲で、研究者やエンジニアをどんどん取り込んでいます。GAFAに限らず、ネットの活用で成長を遂げた企業が多いので、事業に関する情報がすでにデジタルデータとして蓄積されていて、AI を取り入れやすいという面もある。米国でのAI 導入にスピード感があるのはそのためでしょう」

このほか、最近は中国の躍進も目立つ。政府が国策としてAI などのテクノロジー分野に大規模な研究予算を投入しており、民間でもいわゆる「BAT」と呼ばれるIT 大手がAI 研究・活用に力を入れている。「欧米諸国に比べて個人データなどの保護規制が未整備なのも、中国で意欲的な活用事例が増えている要因」と岡田氏は見る。

もちろん日本でもAI 活用の成功事例は次々と生まれている。

「ある大手食品メーカーは、導入方針を決めてからわずか2 年で、ディープラーニングを使った独自の食品検査システムを構築。原材料に用いられる食材を画像解析して不良品を取り除くというもので、これまで8 人の作業員が目視で対応していた検査ラインを無人化できたそうです。さらにはこのシステムの外販も始めており、事業領域を広げています」

AIに関する知識やスキル向上は必須小さなトライで成功体験を積むべき

とはいえ、日本での導入は海外に比べれば大幅に出遅れ気味だ。

「最も多く寄せられる相談は『課題がわからない』というもの。自社の経営課題は認識されていますが、どの部分がAI 導入で解決できるのかを見つけられない企業が多いのです。解決できそうな課題がわからないから、チャレンジもできない。これは大問題です。

まずは基本的な知識やスキルを高めていくことが重要です。当協会がディープラーニングに関する検定・資格試験を行っているのも、国内のスキル向上が目的です」

日本ディープラーニング協会では、事業に活用する人財(ジェネラリスト)と実装する人財(エンジニア)に必要な知識やスキルセットを定義し、それぞれ「G 検定」「E 資格」として認定試験を行っている。(図1 参照)

図1 日本ディープラーニング協会が実施している「G検定(ジェネラリスト向け)」と「E資格(エンジニア向け)」の試験範囲

ジェネラリスト エンジニア
知識を体系化し、ビジネスでの活用を拡大 何を学べば実践できるかを定義
基礎
  • 人工知能(AI)とは(人工知能の定義)
  • 人工知能をめぐる動向
    探索・推論、知識表現、機械学習、深層学習
  • 人工知能分野の問題
    トイプロブレム、フレーム問題、弱いAI、強いAI、身体性、シンボルグラウンディング問題、特徴量設計、チューニングテスト、シンギュラリティ
  • 機械学習の具体的手法
    代表的な手法、データの扱い、応用
  • ディープラーニングの概要
    ニューラルネットワークとディープラーニング、既存のニューラルネットワークにおける問題
  • 応用数学
    線形代数
    確率・統計
    情報理論
  • 機械学習
    機械学習の基礎
    実用的な方法論
  • 深層学習
    順伝播型ネットワーク
    深層モデルのための正則化
    深層モデルのための最適化
    畳み込みネットワーク
    回帰結合型ニューラルネット
    ワークと再帰的ネットワーク
    生成モデル
    強化学習
実践
  • ディープラーニングの手法
    活性化関数、学習率の最適化、更なるテクニック、CNN、RNN、深層強化学習、深層生成モデル
  • ディープラーニングの研究分野
    画像認識、自然言語処理、音声処理
    ロボティクス(強化学習)、マルチモーダル
応用
  • ディープラーニングの応用に向けて
    産業への応用、法律、倫理、現行の議論

ディープラーニングの基礎知識を有し、適切な活用方針を決定して事業応用する能力を持つ人財となる「G 検定」と、ディープラーニングの理論を理解し、適切な手法を選択して実装する能力を持つ人財となる「E 資格」。G 検定合格者は累計1万8721人、E 資格合格者は累計1660人で、毎年受験者数を増やしている。

「ディープラーニング活用に必要な人財を育成するための資格試験です。技術に対する知識がなければ、AI を活用して課題解決するためのアイデアは生み出せません。そして、アイデア創出には、自社のビジネスを理解する人物がAI の知識を持たないと実現しないのです」

そのため、自社の事業における実状を把握する社内の人財が、AI に関する知識を身に付けるべきなのだ。

AI導入で、もう1つ重要なのは、小さなトライを重ねることだと岡田氏は言う。

「AI 研究の第一人者であるアンドリュー・エン教授が、図2 のように成果の出やすいAI 導入手順を紹介しています。最初に取り組むべきは、小さな試験的プロジェクトを実施すること。

それによって、自社にとってどのように活用していけるかが見えてきますし、成功事例ができれば導入の推進力になります。前述の大手食品メーカーもこのやり方で成功しています」

図2 アンドリュー・エン教授が提唱する「AI Transformation Playbook」

  1. 試験的プロジェクトの実施
    (Execute pilot projects to gain momentum)
  2. 社内チームの構築
    (Build an in-house AI team)
  3. トレーニングの提供
    (Provide broad AI training)
  4. AI活用戦略の開発
    (Develop an AI strategy)
  5. 社内外にAI活用戦略を発信
    (Develop internal and external communications)

小さなトライから徐々に成果を上げ、社内のAIへの関心と投資への勢いをつけるのが成功への道筋だ。

日本の場合、戦略構築に時間をかけすぎたり、外部のコンサルティングに頼りすぎたりして、実質的な導入に進まないケースが多いという。

「さまざまな産業に波及的な影響をもたらす技術を『汎用目的技術』と呼びます。古くは蒸気機関や内燃機関、コンピュータやインターネットがそれに当たります。日本は独自のモノづくり技術によって内燃機関を発展させ、世界トップクラスの自動車産業を生み出した。しかし、コンピュータやインターネットの分野ではそれができず、『失われた30 年』を導く大きな要因にもなりました。

ディープラーニングも間違いなく汎用目的技術になります。重要性を正しく理解したうえで、『小さなトライ』から始めて一歩踏み出してほしいと思います」

Profile

岡田隆太朗氏
一般社団法人 日本ディープラーニング協会理事兼事務局長

1974年生まれ。東京都出身。慶應義塾大学在学中に起業し、マーケティング分野で事業を展開。
事業売却後、コミュニティオーガナイザーとして活動し、2017年のJDLA設立にあたり事務局長に就任。19年より理事に就任。