仕事の未来 グローバル 働き方 仕事は幸せな暮らしを実現するためのもの~台湾に見る働き方~

  • このページをFacebookでシェアする
  • このページをTwitterでシェアする
  • このページをLinkedInでシェアする
2020.07.16

精密機器の生産では世界トップクラス。社会のデジタル化が進み、女性人財の活躍も目覚ましい台湾。では、人々の働き方や仕事観は日本とどのくらい異なるのだろうか。台湾在住歴およそ10年で、現在は編集プロダクションを経営している近藤弥生子氏に話を聞いた。

収入につながるなら長時間労働もいとわない

──台湾では、新型コロナウイルス感染拡大以前からリモートワークが普及していたそうですね。

 デジタル活用が社会全体で進んでいるので、リモートワークで働く人は以前から多いですね。もちろん、企業や職種にもよりますが。

──一方、平均労働時間が日本よりも長いというデータもあります。

 これも、企業や職種によって大きく異なります。成長期にある企業の社員は長時間働く傾向があります。確実に収入につながるなら長時間労働もいとわない。そう考える人が台湾には多いようですね。反面、愛社精神は希薄で、あくまでも実利を重んじます。仕事に対する考え方は非常に合理的だと思います。

──女性の活躍が進んでいるのも台湾の特徴のようですね。国連開発計画(UNDP)のデータに基づき独自に評価した結果において、アジアのなかでジェンダーの不平等指数が最も低くなっています。

 企業においても政界においても、トップあるいは上級の役職に女性が就くのはごく当たり前のことです。その点では実力主義が浸透していると言っていいと思います。

 私生活面でも、「女性は結婚後、出産後にも自分の人生を楽しむことが大切」という感覚が行き渡っています。女性が子どもを夫や両親に預けてお酒を飲みに行くのは普通のことですし、子連れで居酒屋に行ってもとがめられることはありません。

 台湾では、仕事に限らず公私ともに女性が男性より上位に立つ場面が非常に多いといえます。

──女性が仕事と私生活の両立で苦しむこともあまりないのでしょうか。

 女性に限らず、仕事よりも私生活を優先する人が台湾では多いですね。以前、顧客企業への大切なプレゼンがあって、病気の息子を友人に預かってもらったことがあったのですが、その友人の企業経営をしている伴侶から、「僕だったら、プレゼンの日程を変更して、子どもと過ごしていたよ」と言われました。仕事は幸せな暮らしを実現するためのもので、私生活が第一。そんな感覚が台湾では普通です。

人前で部下を叱る上司は「EQが低い人」

──台湾企業で社員として働いたこともあるそうですが、日本企業との違いはありましたか。

 ありすぎて、すべてを語るのは難しいですね(笑)。顧客よりも企業オーナーからの評価を重視すること。一方で企業への忠誠心はあまりなく、比較的短期間で転職する人が多いこと。ゆくゆくは起業したいと考えている人が多いこと。専門分野がはっきりしていて、分業が徹底していること。企業のブランドよりも具体的な処遇内容が重視されること──。それらが目立った違いです。

──台湾企業では柔軟な働き方が保証されているのでしょうか。

 とても柔軟だと思います。正社員であることにあまり意味はなく、フリーで働いている人も多いし、副業をもつことも普通です。会社のオーナーでありながら、フリーでエンジニアの仕事をしている人もいます。柔軟な働き方には、経済的なリスクを分散するという意味合いもあります。経営者からすれば、社員が自分の会社以外の仕事もしているので、残業させるのがとても難しいんです。

──以前執筆された記事に「台湾の人はIQよりEQ(心の知能指数)を大切にする」と書かれていました。

 あらゆる場面でEQの高さが重視されますね。台湾で有名な女優、林志玲(リン・チーリン)は、EQが高い女性の代表格としてよく名前が上がります。結婚後にフラットシューズを履いていて、「妊娠か?」とメディアで話題になったことがあったのですが、それに対して不快感を示すこともなく、SNSに「太ったかな? これからは一碗しか食べられない」とユーモアのある投稿をしていました。台湾では、「EQがとても高い」と絶大な支持を受けています。

 職場でもやはりEQが重視されます。例えば、人前で部下を叱る上司はEQが低いと見なされます。部下がどれだけミスをしたとしても、自分の感情をコントロールできずに、部下のメンツをつぶすことは、上司の落ち度と考えられるわけです。頭ごなしに決めつけず、相手の事情をおもんぱかることができる。そんな上司が尊敬されますね。

自分たちの得意分野でグローバルに勝負する

──海外の大手IT企業がAIの開発拠点を台湾に構えたり、年内にAIビジネスパークをオープンさせる予定あったりするなど、台湾はAI分野で大きく飛躍している印象があります。

 AIへの取り組みは、台湾政府が重要な政策に位置づけている「アジアシリコンバレー計画」の1つです。台湾は人口が少なく、市場も小さいので、自分たちの得意分野でグローバルに勝負しなければならないという思いが政界、経済界の人たちには強くあります。その一つが、AIをはじめとするデジタル分野ということです。政府内にも「デジタル大臣」という役職を設け、人財育成に力を入れています。

──デジタル大臣のオードリー・タン氏を取材したそうですね。

 台湾の現在の悩みは、ハイレベル人財の多くが国外に流出してしまうことです。人財の需給バランスが2021年には世界最悪になるという予測もあります。人財不足はIT業界だけでなく、サービス産業でも深刻で、台湾のサービス業のレベルは日本などと比べて非常に悪化しています。

 私がオードリーさんに聞きたかったのは、まさしくトップクラスのハイレベル人財である彼女がなぜ台湾にとどまっているのかということでした。彼女の答えはこうでした。「アメリカで起業しているし、リモートでの経営も続けているので、台湾にとどまっているという意識はない」──。どこにいたって仕事はできる。場所にこだわる必要はない。今自分がいる場所を世界の中心と考えればいい。そんな自信が感じられました。

 では、オードリーさんは人財流出についてどう考えているのか。それについても聞きました。彼女はこう答えました。

 「流出? いいじゃないですか。どんどん出て行ったらいいと思います。台湾はおいしいものもたくさんあるので、いつか戻ってきますよ。しかも、海外で出会った優れた人財を連れて」

 優秀な人は考え方も違うんだなあ、と思いました。

台北のランドマーク「台北101」(左)、お寺でコロナ収束をお祈り(右)
写真提供:近藤弥生子さん

Profile

近藤弥生子氏

近藤弥生子氏 台湾在住編集・ライター

1980年生まれ。明治学院大学法学部卒業後、出版社で女性誌やウェブ媒体の編集に携わる。2011年に台湾・台北市に移住。現地のデジタルマーケティング企業に勤務し、台湾に進出する日系企業のサポート業務などに従事する。その後独立して編集プロダクション「草月藤編集有限公司」設立。日本語・中国語でのコンテンツ制作を行う。ライターとしても活躍中。