組織 人財 レジリエンスを高めるU理論に基づく「オーセンティック・セルフ」とは?

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2020.08.07
レジリエンスを高めるU理論に基づく「オーセンティック・セルフ」とは?

オーセンティック・リーダーシップが掲げる「本当の自分らしさ」とは、どう捉えればいいのか。
自己認識を深めることは、個と組織にとってどのように機能するのか。
マサチューセッツ工科大学のC・オットー・シャーマー博士が提唱する「U理論」をベースに、現代のリーダーシップに求められるマインドセットの転換や組織開発などに取り組むオーセンティックワークス株式会社の代表取締役、中土井僚氏に聞いた。

イノベーション創出のプロセスを内面性の変化として捉えるU理論

オーセンティック・リーダーシップにおける「本当の自分らしさ」とは、容易には捉えにくいものだ。これについて中土井氏は、マサチューセッツ工科大学 スローン校 経営学部上級講師であるC・オットー・シャーマー博士が提唱した「U 理論」に基づいて捉えることができると話す。

「U 理論」とは、これまで革新的な業績を残してきた世界の著名リーダーたちがどのようにイノベーションを生み出してきたのかを、彼らの内面の変化に注目して、心理学、認知科学、東洋思想などの知見を用いて体系的に捉えたものだ。

図1C・オットー・シャーマー博士によるU理論

シャーマー博士によれば、内面の変化のプロセスには7 つのステップがあり、図1のようにU 字型に表現できるという。このなかでも、レベル1 からレベル4 へと自己認識を深めていく前半のプロセスが特に重要となる。

そもそもわれわれ人間は、常にイノベーティブな発想を生み出せるような心理状態にあるわけではない。例えば会議や朝礼で誰かが話しているとき、その内容に集中せずに自分の考え事をしていたり(①ダウンローディング)、興味のある話題が出たときだけ意識を集中したりする(②シーイング)。このような心理的状態を行き来しているのが普通だ。

しかし何らかの要因によって、この状態が劇的に変わることがある。身近な例としては、自分が親になって初めて両親の気持ちがわかったり、管理職になって初めてかつての上司の言葉の意味が理解できたりするケースがこれに当たる。このように、今までとはまったく違う視点から物事が見えるようになることをセンシング(③)と呼ぶ。

シャーマー博士によると、さらに内省を深め、自分のアイデンティティへの執着を手放すと、自分の内面だけに閉じている段階から、外部に開かれたプレゼンシング(④)という段階になり、インスピレーションが非常に湧き上がりやすい状態に達する。このプレゼンシングの段階に移行して初めて「オーセンティック・セルフ(AuthenticSelf)」が現れるという。

極めて抽象的な概念だが、これがU理論における「本当の自分らしさ」である。

「実は私たちは、プレゼンシングの状態を日常生活でも経験することがあります。例えば、考えが行き詰まってきたとき、一度休憩を入れてシャワーを浴びたら、頭がすっきりして良いアイデアがポンと出てくることがありますが、これはプレゼンシングの一種です。あるいはジャズのミュージシャンたちが、優れた演奏によって得る独特の高揚感や一体感を『グルーヴ』と呼びますが、これもプレゼンシングです」

U 理論のプロセスを経て到達する「本当の自分らしさ」は、イノベーションを生み出す契機になるだけでなく、リーダーシップにおいても重要な力を発揮するのだと中土井氏は話す。

「オーセンティック・セルフとは、究極的には『本当の自分に嘘をついてない状態』だと私は考えています。複雑性が高い時代であればあるほど、利己的な対立が生まれやすくなり、人と組織を導くのは難しくなります。『利己』と『利他』を止揚した、人間本来の素晴らしさに根ざしたリーダーシップが不可欠です。だからこそ今、オーセンティック・リーダーシップが着目されているのだと考えています」

オーセンティック・セルフに近づく契機を自分自身で創り出していく

中土井氏によれば、レベル1 からレベル2、3、4 への移行は、自らの意思で能動的にできるわけではなく、あくまで受動的に、結果的に到達するものだという。しかし、移行しやすい状態を自分自身で創り出すことはできる。

「例えば、レベル1 のダウンローディングの状態にあるとき、私たちは頭の中で、自分自身や周囲の人たちを勝手に評価しているものです。会議中に『自分はこういうとき、うまくしゃべれないんだよな』とか、『この人の難しい話は苦手だな』と無意識に考えてしまう。いわゆる雑念ですね。そこで、そういう自分の内面の声をひとまず『保留』して、心の横に置くようにする。

図1中に『保留する』とあるのはその意味です。これを意識的に行うと、自分の雑念が取り除かれ、周囲の微細な変化に気づきやすくなります。それがレベル2 に移行する契機になります。

あるいは、過去の自分の人生を棚卸ししたり、いま自分が抱えている問題をさまざまな角度から見つめ直してみたりする。これを積み重ねると、自分の視点と他人の視点が同居するようなレベル3 の状態に入りやすくなります。

われわれが行う階層別研修では、さまざまなワークを通じてU 字型のプロセスをたどる経験をしていただいて、視点が変わることを実感してもらえるようにしています」

オーセンティック・セルフは個と組織のレジリエンスを高める

内省を重ねて、本当の自分らしさを深く見つめ直すことは、個と組織のレジリエンス(復元力、再起力)を高めるためにも有効だと中土井氏は話す。

「以前、ある大手企業の子会社の研修を担当したことがあります。当時は収益が低迷し、親会社は株式を売却する方針を決定していました。ただ、多階層のピラミッド型組織だったため、会社規模に比して役職者が多数いました。売却するには組織をフラット化することが不可避。しかしそれには多くの役職者を降格や転籍させる必要があり、大きなインパクトを及ぼすことが予想されました」

階層構造の見直しや役職ポストの削減を伴うような大規模な組織改革は、社員の抵抗感が強く、円滑に進みにくいのが一般的だ。そこで中土井氏は、社員全体で危機感を共有しつつ、精神的なインパクトに備えられるよう、社員たちが本当の自分らしさに向き合い、内面に強い軸を作れるような研修プログラムを実施したという。

「具体的には、ビジネスパーソンとしての半生を振り返り、自分にとって本当に大切なことは何かを問い直すワークを約8 カ月間、何度も積み重ねました。その結果、多くの社員に変化が見られました。『今まで自分のポジションにしがみついていたけれど、突き詰めて考えればそれは大した問題じゃない。本当に大切なのは、自分が誰かの役に立っていること。大好きなこの会社で、若手社員に今後何を残せるかが一番大事』だと、50代の役職者の方々も大きな気付きを得ていました。その結果、降格となったり他の子会社に異動となったりしても、状況を前向きな気持ちで捉えられた方が多かったのです」

成人も知性の発達に応じて新たな価値観を広げられる

こうした研修の際、中土井氏がU理論と並んで重視しているのが、発達心理学の一領域である「成人発達理論」だという。

この分野の権威であるハーバード大学教授、ロバート・キーガン氏によれば、成人における知性の発達には図2のように3 段階がある。

図2成人の知性の3つの段階

「第1 段階の『環境順応型知性』とは、組織の規範に従ったり、忠実な部下として振る舞ったりしようとする状態で、いわゆる『指示待ち』『依存』の傾向が見られます。実は成人の約7 割が前後の移行期も含めてこの段階にあると考えられています。

 これに対し第2 段階の『自己主導型知性』になると、人は独自の価値観に基づいて考え、行動します。いわば自分の人生を『著者』として生きることができる。しかも既存の規範や常識を無視せず、尊重しつつも本来の自分らしく生きていくことができます。この段階になると、人はオーセンティック・リーダーシップを発揮することができると考えられます。

第3 段階の『自己変容型知性』は、相手のなかの変容を生み出すために、まず自分自身が柔軟に変化できる状態です。複数の視点と矛盾を受け入れて、他者の変容を促すことが可能になります」

この「知性の発達」に実年齢は関係なく、人間の知性は何歳になっても成長できるのだと中土井氏は強調する。

「先ほどの企業研修の事例でも、社員の方々に知性の発達についてお伝えしました。『役職の高さ』を求めるのは環境順応型知性の段階です。そのことがアイデンティティになってしまっている。50 代の役職者の方々にも、自分がその段階にあることを研修で自覚していただきました。

人の存在価値は『役職』で測られるものではない。一度きりの人生を生きている一人の人間として価値ある存在なのだと。だとしたら、本当の自分らしさとは何か。そのような問いのなかで、オーセンティック・セルフにたどり着くことができたのだと思います。役職がなくなるかもしれないけれども、自分の人生が終わるわけではないと」

不確実性が高く予測不可能な環境下では、経営トップやマネジメント層が明確な答えを持っているわけではない。現場の社員が自律的に判断し、行動する必要があるといわれる。それは、成人発達理論における「自己主導型知性」の段階にできるだけ多くの人々が移行し、一人ひとりがオーセンティック・リーダーシップを発揮すべき時代であることを意味すると中土井氏は言う。

「しかし成人の約7 割が前後の移行期て環境順応型知性にとどまっていて、一人ひとりが自分の独自の価値判断に基づいて判断できる自己主導型知性にほとんどの人が移行できていません。このギャップが、組織の寿命を短くしていると考えられます。組織全体がオーセンティック・リーダーシップを発揮できる段階に成長できるかどうかが問われているのです」

Profile

中土井僚氏

中土井僚氏
オーセンティックワークス株式会社代表取締役

広島県呉市出身。同志社大学法学部政治学科卒。
リーダーシッププロデューサー、組織変革ファシリテーター。U理論をベースとしたマインドセット転換による人と組織の永続的な行動変容を支援する。