人財 働き方 仕事の未来 「デザイン思考」でクリエイティビティを学び直す

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2021.11.25

ビジネス界は今、不確実性の高い環境下でイノベーションを創出することを求められている。変化の時代にぜひ身につけたいリスキルの対象として挙げられるのが、モノやサービスを生み出す思考メソッドである「デザイン思考」だ。
日本を代表する“デザイン思考実践者”といわれるデザインディレクターの石川俊祐氏に、デザイン思考の本質やそれが求められる背景、個人が身につけるためのポイントなどを聞いた。

感性に基づいた「観察」「問い立て」が重要

一般に日本で「デザイン」というと、色や形など外観上の工夫や美しさ、いわゆる「意匠」を指すことが多いが、本来意味する領域はもっと広い。

「自分なりの観察を重ねて設定した『問い』に対し、解決策を生み出していく一連の行為を『デザイン』と呼びます。もちろん、何かモノの色や形を工夫することが解決策になることもあれば、新しい社会制度を生み出すことが課題解決につながることもある。それらすべてがデザインであり、それを支える思考プロセスが『デザイン思考』と呼ばれるものです。その意味でデザイン思考は、社会を生きるすべての人々が当たり前に身につけるべきスキルだと思っています」

デザイン思考のプロセスは、図1のように4つのフェーズで表すことができる。やや難しく見えるが、最も重要なのは、数字やロジックに頼らず、自分の五感や感性などを生かして“人”や“世の中”を定性的に観察する姿勢だ。それを基に本質的な課題は何なのかを探ることで、市場分析に基づく定量的なマーケティング手法ではたどり着けない、斬新なアイデアを生み出すことができる。

図1 デザイン思考のプロセス

フェーズ1観察 フェーズ2問いの設定 フェーズ3コンセプトづくり フェーズ4プロトタイピング

4つのフェーズ

1観察

市場調査の結果を統計分析するような従来型のマーケティング手法を用いるのではなく、自分の五感や感性、インスピレーションを生かして、“人” や “世の中 ”を定性的に観察する。

2問いの設定

観察で感じた違和感を手がかりに、チーム内でディスカッションを重ね、「問い」を立てて本質的な課題を明らかにしていく。

3コンセプトづくり

「問い」に自分なりの解釈を加えて、課題解決のための「コンセプト」をつくっていく。

4プロトタイピング

コンセプトを抽象的なもので終わらせず、実験的に「プロトタイプ」として形にして、フィードバックを得ながら検証していく。

「以前、製菓メーカーの新商品の戦略デザインに関わった際も『問い』の設定を非常に重視しました。最初のうちは『チョコレートを従来の2倍の値段で売るには?』『国内の1人当たり消費量を2キロから3キロに増やすには?』といった問いが出てきましたが、これらはまだ彼らの本質的な課題を言い当てていない。突きつめていくうちに『日本のチョコレート文化を牽引するような会社になりたい。それには何をすべきか?』という深い問いにたどり着くことができました。

これを起点に、単にパッケージデザインを工夫するといった考えではなく、お客さまにチョコレート文化を体験してもらう場を提供するという今までにない構想につながり、結果的にプロジェクトは大成功を収めました」

日本人はクリエイティビティが乏しいと考えがちだ。しかし石川氏は「むしろ日本人は元来、デザイン思考が得意なはず」と言う。

「例えば日本の旅館では、特に頼まなくても、部屋に戻ってくるベストなタイミングで布団がきれいに敷いてあったりしますよね。他者の内面を深く想像し、どうしたら喜んでもらえるかと相手の課題を深く感じとるスキルは観察力の基本。しかし現代のビジネスでは、日本人は理屈や数字の分析などを優先しがちで、せっかくの観察力を活用してこなかった。ですからデザイン思考のスキルを新たに学び直すというより、元来持っていた日本人のクリエイティビティを資質を取り戻すという発想で、トレーニングしていくのが重要なのだと思います」

図2 問いを立てられる力が重要に

左脳問う シンクタンク 研究機関 学者 左脳解く 戦略コンサル ITコンサル 経営コンサル 右脳解く クリエイティブエージェンシー デザイナー 制作会社 右脳問う アーティスト 芸術家 根本的な問いを立てられる これを高めるためには? ①自分の「好き・嫌い」を把握しておく ②デプスインタビューによる自己発見 ②インプット・アウトプットの繰り返し

日常のなかで観察力を磨く3つの実践ポイント

では、デザイン思考に求められる観察力を発揮するにはどうすればいいのだろうか。実践のポイントや留意点を石川氏に挙げていただいた。

1自分の「好き・嫌い」を把握する

観察力の基盤になるのは自分の感性や価値観だ。自分の好き嫌いを改めて把握していくような取り組みは有効だ。

「スマートフォンで写真を撮って『これは好き、これは嫌い』とInstagramにどんどん上げて、そこにちょっとした感想メモを残してみる。あるいは『週1回、必ず美術館に通う』などと決めて、普段自分が行かないような場所にあえて行ってみる。そのようにして自分の内面を自己観察していくのです。日常的に実践することで観察力を高められますし、自分がどんな美意識や価値観を持っているのか、自己発見にもつながります」

2デプスインタビューによる自己発見

デプスインタビューとは対象者と一対一で行う定性的な市場調査の手法だが、自分の観察力を磨く機会にもなる。

「生まれたときから今に至るまで、自分を形成してきた出来事や経験を、成功・失敗も含めてすべて開示していくわけです。自分は今、なぜこういう行動をとりがちなのか。悩んだり苦しんだりしている理由はどこにあるのか、かなりの気づきを得られます。強みや課題など、自身を客観的に理解するきっかけとしても有効です」

3インプット・アウトプットの繰り返し

デザイン思考では、観察を起点に思考を深め、本質的な課題を見出していくことが重要になる。思考力を育むにはインプットとアウトプットを繰り返すことが欠かせないが、多くのビジネスパーソンはその機会が不足しがちだ。インプットとアウトプットを日常的に実践するには、スキルよりもマインドセットが重要だと石川氏は言う。

「今まで行ったことのない場所に行ってみてどう感じたのか、それに対して自分は何をできるだろうかと思いを馳せてみる。これを日常的に繰り返すことが、本質的な『問い』を立てるトレーニングになります。そうしたマインドセットを育むアドバイスとしてよく言うのが、『旅するように生活しよう』ということ。旅人のマインドで、異国の地を歩くように自分の生活風景を観察できれば、いろんなものが新鮮に映るはず。簡単ではないですが、これを心がけることでインプットの感度を少しずつ高めることができます」

もう一つは、自分が日常で感じた違和感などをできるだけ人に話すことだ。他者に話し、その感想を聞くことで、自分が感じたことの意味がより深く理解できるようになる。

「デザイン思考は、堅苦しいものではなく、アウトプットとフィードバックの実践はどこでも誰でも、お金をかけずにできます。身近な友達や仕事の関係者を相手にちょっと話してみるだけでもいい。観察して、実験して、自分の解釈を振り返る。デザイン思考のプロセスをぜひ気軽に、日常のなかに取り入れてほしいと思います」

Profile

石川俊祐氏

石川俊祐氏
デザインディレクター/
KESIKI INC. パートナー/
多摩美術大学特任准教授

日本を代表する「デザイン思考」実践者。企業のブランディング、組織デザイン、教育プログラムの開発から新規事業創出まで、数々のイノベーションプロジェクトを主導する。
茨城県生まれ。ロンドン芸術大学Central St. Martins卒業後、Panasonic Design Companyでプロダクトデザイナーとしてキャリアをスタート。英PDD Innovations UKのCreative Leadを経て、IDEO Tokyoの立ち上げに従事。2018年よりBCG Digital VenturesにてHead of Design / Strategic Design Directorとして大企業社内ベンチャー立ち上げに注力したのち、2019年、KESIKI設立。
現在、多摩美術大学クリエイティブリーダーシッププログラム特任准教授・プログラムディレクター、NTT com KOEL、connectなど大企業からスタートアップなど複数社のアドバイザーに従事、 D&ADやGOOD DESIGN AWARD、山形エクセレンスデザイン、いばらきデザインセレクションの審査委員を兼任するほか、数々のセミナー、カンファレンスにてキーノートや講師を務めた実績を持つ。Forbes JAPAN世界で影響力のあるデザイナー39名に選出。著書に『HELLO,DESIGN日本人とデザイン』。