働き方 仕事の未来 人財 レポート Great Re-Evaluation(大いなる再評価)時代に求められる企業と個人の関係性の再構築

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2022.12.27
Great Re-Evaluation(大いなる再評価)時代に求められる企業と個人の関係性の再構築

Adecco Groupは2022年9月、アフターコロナを見据えた働き方やライフスタイルに関する調査報告書の第3弾として「Global Workforce of the Future(未来のグローバルワークフォース)」を発表した。
世界25カ国、30,000人以上を対象に実施した調査結果をもとに、人財流出を懸念する企業に対し、リテンションの重要性とともに、フレキシビリティ、リスキリング、メンタルへルス、ウェルビーイングなどの視点から取り得る方策を提示した。
日本においては課題の本質はどこにあるのか。企業と働く個人の関係性はどう変化していくべきか。報告書の内容を踏まえ、法政大学大学院政策創造研究科教授の石山恒貴氏に聞いた。

Great Resignationの本質はGreat Re-Evaluation(大いなる再評価)

今回の調査報告書が大きく取り上げたキーワードの一つが、「Great Resignation(大退職)」だ。パンデミックは世界の多くの人々にとって、働き方や仕事に対する価値観を大きく見直す契機となった。特に欧米諸国ではコロナ禍を機に離職する人が急増し、「大退職時代の到来」として大きな話題となっている。報告書でも、「世界の働き手のうちの27%が今後12カ月以内の退職を考えている」という調査結果を伝えている。

こうした背景から、人財流出を懸念する欧米企業は、リテンション(人財のつなぎとめ)施策に今まで以上に注力するようになっている。

図1これが成功したワークライフの定義だとする働き手の割合(%)

これが成功したワークライフの定義だとする働き手の割合(%)

金銭面よりも、良好なワークバランス、仕事の充実感、雇用への安心感、仕事への思い入れが上位に挙がる。仕事とは単に労働の対価を得るためではなく、生活に及ぼす影響が大きいものであり、心理的な充実感が重要事項となっている。

出典:Adecco Group報告書「Global Workforce of the Future」(図1~4)

翻って日本はどうなのだろうか。石山氏は「企業と個人の関係性の、本質的な課題に着目することが重要です」と強調する。

「1994年に米経営学者のマイケル・アーサーが『バウンダリレスキャリア(境界のないキャリア)』の概念を提唱した際、日本は米国と同様に労働者の移動が活発化し、転職率が高まるだろうと予見しました。類似の議論はほかにも過去に見られましたが、実際は現在に至るまで、退職率や転職率、正社員の割合などあまり変わってはいません。

長期雇用をはじめとする日本型雇用の規範も、特に大企業においては、大きく変わったとはいえないでしょう。

よって、過去30年弱の例のように、日本で欧米のような離職の連鎖がにわかに起こるとは思えません。むしろ離職率が低いのに、働き手のエンゲージメントや満足度が低く、熱意を持って働けていない状態こそが問題といえます。『大退職』という言葉に目を奪われることなく、本質的な課題の解決を目指すべきです」

Adecco Groupでは、「大退職」の本質を「Great Re-Evaluation(大いなる再評価)」と表現している。人々の仕事に対する価値観が大きく変わり、自分にとって仕事とは何を意味するのか、企業は働き手にどんな価値を提供してくれるのか、再考・再評価するようになっているからだ。企業は今後、働き手からの厳しい評価に応えていくことが求められていくといえる。

「働き手が再考・再評価を始めているというのは、重要な指摘だと思います。この点は日本企業としても十分に認識していくべきでしょう。日本企業は表面的には『人が大切』といいながら、実際は社員一人ひとりの個性にあまり着目せず、社員全体を個人ではなく、一括りの集団として捉えてきた面があります。新卒一括採用や定期人事異動などもその一例でしょう。しかし多様性が広がった今、そのやり方が限界を迎えています。社員一人ひとりをよく見て、それぞれの強みや価値観に寄り添い、もっと個性を発揮して働けるようにしていく必要があります」

離職率の低さからリテンションを怠ってきた日本企業

日本企業はこれまで離職率が比較的低かったこともあって、海外に比べ、社員のリテンションにあまり熱心に取り組んでこなかった。

「今回の調査報告書でも指摘されている『日本では働く人々の満足度が国際的に見て低い』という事実を重く受け止めるべきです。離職率は低いものの、職場に満足しているわけではないのですから、国際的にエンゲージメントの数値が日本で低くなるのもそのためでしょう」と石山氏は言う。

今回の報告書では、リテンション施策の方向性として、勤務時間やリモートワークなど働き方のフレキシビリティ、リスキリングやアップスキリングの機会の創出、メンタルへルスやウェルビーイングの維持などを挙げている。いずれも重要な施策だが、実践するうえでは、日本企業独自の価値観の見直しが欠かせないと石山氏は指摘する。日本では、「社員は会社のためにある」という意識が根強く残っており、企業と社員の関係は対等とはいいにくい状況であるだろう。これがリテンションやウェルビーイングなどにとって足かせになっているという。

「最近は日本に限らず、『株主資本主義』から『ステークホルダー資本主義』に時代が変わったといわれます。企業は株主だけでなく、あらゆるステークホルダーに価値をもたらす存在であるべきという視点が重要になります。実際、顧客や取引先、地域住民、自社の社員などにバランスよく配慮しなくては、経営を長期的に持続できない時代になっています」

ステークホルダー資本主義に照らせば、企業と社員の関係は対等であり、社員が心身共に健康で幸せになる権利を尊重するのは当然のことだと石山氏は述べる。

「今回の報告書では『企業は個人の幸福を大切に考えるべき』と指摘していますね。日本企業はステークホルダー資本主義の時代に対応して、価値観の転換を図るべきだと思います」

リスキリングの成功に欠かせない個人のエージェンシー(行為主体性)

企業と個人が対等な関係性を築いていくことは、リスキリングにとっても重要だという。

「私たち個人が自分を主体的な存在と認識したうえで、自分の価値観を柔軟に追求することができる状態をエージェンシー(行為主体性)と呼びます。不確実な時代の状況のなかで、個人がエージェンシーを発揮して、継続的に学び直すことはもちろん必要です」

しかし現在のリスキリングの議論は、ともすると企業側が主体となり、「今後はデジタルテクノロジーの知識やスキルが必要になるから」と、社員にデジタル研修を一斉に受けさせるような方法に陥りがちだという。一方で、社員が自らの意思で大学院やビジネススクールなどに通って学ぶことは、日本の職場ではまだあまり評価されにくい実態がある。

「リスキリングを意義あるものにするためには、個人の主体性を尊重したうえで、企業との間にウィンウィンの関係を築けるかがカギになるはずです」

図3メガトレンドが自身にマイナスの影響をもたらすと懸念する、デスクワーク以外の業務に就く働き手の割合(%)

最大の脅威になるメガトレンド 経済的不確実性 地政学的不確実性 ギグエコノミー 自動化 人工知能 デジタライゼーション グリーン経済への移行
新しいスキルを習得せざるをえなくなる 46% 48% 58% 62% 63% 66% 60%
転職を考えざるをえなくなる 41% 41% 51% 51% 52% 51% 50%
労働市場における自分のスキルセットの重要性が低下する 31% 39% 53% 56% 56% 54% 50%

デスクワーク以外の業務に就く働き手は世界を作り変えるトレンドに自身の仕事や生活への潜在的リスクを見ている。将来の変化に備えられるよう、社員のリスキングやアップスキリングに企業が積極的に取り組む必要性が示されている。

同様のことは、ダイバーシティの議論についてもいえる。これからの企業はダイバーシティ(多様性)、エクイティ(公平性)&インクルージョン(包摂)の視点を取り入れ、個性を大切にしていくことが重要だといわれる。しかし、同質性の強いチームの方が扱いやすいし、目先の成果も出しやすい。そのためか、本質的な取り組みを進めている企業は少ないと石山氏は指摘する。

「同質性の高いチームではイノベーションは生まれにくく、長期的に見ると企業の成長力は失われていきます。社会から要請されているから仕方なくやるという姿勢ではなく、個を尊重し、社員のエンゲージメントやウェルビーイングを高め、長期的な競争優位性につなげていくために、企業はDE&I(ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン)に取り組む重要性を認識すべきでしょう」

企業と働く個人の関係性を見直し、これらの課題を克服していくために、最も重要なのは日本企業の経営陣の意識改革だと石山氏は強調する。

「社員を一律的な集団で捉えるのではなく、一人ひとりの個性や強み、能力の方向性、事情を尊重する。さらには、個人の満足度やウェルビーイングに着目する。『大いなる再評価』の時代に、日本企業が成長を維持できるかは、経営陣がどれだけ本気で変われるかにかかっています」

図4働き手のウェルビーイング確保に必須の施策

働き手のウェルビーイング確保に必須の施策

ウェルビーイングをサポートするために働き手が挙げた必須事項の上位5項目。企業の効果的なウェルビーイング戦略の根幹に据えるべきものといえる。

Profile

石山恒貴氏
法政大学大学院 政策創造研究科 教授

一橋大学社会学部卒業後、NEC、GE、米系ライフサイエンス会社を経て、現職。越境学習、キャリア、人的資源管理等が研究領域。日本労務学会副会長、人材育成学会常任理事、人事実践科学会議共同代表。
主な著書に『パラレルキャリアを始めよう!』(ダイヤモンド社)、『越境的学習のメカニズム』(福村出版)。

石山恒貴氏