働き方 仕事の未来 人財 テクノロジー AIは脅威ではなく優れたパートナー 高度な専門性とAIを使いこなす能力の組み合わせがカギに

  • このページをFacebookでシェアする
  • このページをTwitterでシェアする
  • このページをLinkedInでシェアする
2023.09.25
AIは脅威ではなく優れたパートナー 高度な専門性とAIを使いこなす能力の組み合わせがカギに

日本の産業界でも生成AIをビジネスに活用する動きが広がる一方で、「そもそもどんな技術なのか」「何に使えるのか」といった声もいまだに多い。
約10万人のAI・データ分析人財が登録する国内最大のデータサイエンスプラットフォームを運営し、政府のデータ活用やAI人財育成等に関する委員も務めるSIGNATE代表取締役社長CEOの齊藤秀氏に、生成AIの基礎的な知識からビジネス領域での活用の可能性、AIを生産性向上や価値創造につなげるためのポイント、人間に求められるスキルやマインドセットなどについて語っていただいた。

AIとは人間の知的創造性を高める技術

いまだにAI脅威論が聞こえる日本だが、2023年7月、それを払拭するような興味深い論文が米国の科学誌「Science」に掲載された。MITの研究者が、年収7万ドルクラスの大卒ホワイトカラー453人を対象に、ChatGPTの利用が仕事にどのような影響を与えるのかを調査したものだ。対象者を、ChatGPTを使う人・使わない人の2チームに分け、マーケティング・コンサルティング・人事・データ分析などの主要業務や、プレスリリース・メール作成などのデスクワークのパフォーマンスを比較したところChatGPTを使った方が作業時間が40%短縮し、品質は18%も向上したという。

面白いのは、調査対象の9割以上が実験後のインタビューで、「自分の仕事を奪われる恐怖よりも、仕事が楽になるというポジティブな感触を得た」と回答していたことだ。その後の利用状況も追跡調査しており、多くの参加者がこの実験後にChatGPTを仕事で積極的に活用するようになったという。

一方、日本の利用状況は大幅に出遅れている。Adecco Groupが2023年7月に実施した国内調査では、デジタルリテラシーの必要性を感じている人が全体の86%、さらにデジタル人財へのリスキリングのニーズを有する人は76%を占めたもののChatGPTをはじめとする生成AIをまだ仕事に活用したことのない人は全体の6割にも上った。別の民間調査では、米国で51%の人々がすでに生成AIを利用しているのに対し、日本の利用率はわずか7%にとどまるという結果もある。日本で脅威論が根強いのは、AI直接触れて、利便性や恩恵を体感した人がまだまだ少ないためかもしれない。

「少なくとも業務効率化において、AIが劇的な成果をもたらしてくれるのは間違いありません。それだけでなく、専門家の間で『コーパイロット(Co-pilot=副操縦士)』と表現されるように、AIは我々の優秀なパートナーとして知的創造性を高めてくれる可能性を秘めた、非常に魅力的な技術です。前向きな気持ちで活用し、自分の仕事に取り入れてほしいと思います」と齊藤氏は説明する。

プログラミング技術がなくても
アイデアを簡単に具現化できる時代に

現在注目されている生成AIとは、人間の指示に従って文章や画像、動画などを自動生成するAIの総称だ。技術的には第3次AIブームをけん引した「ディープラーニング(深層学習)」の延長線上に位置づけられる。

このうちChatGPTなどは「言語系生成AI」と呼ばれる。インターネット上の膨大な文書データから言葉のつながりの法則を学習しており、質問を与えるとそれに相応しい回答の語順を確率的に導き出して、文章を生成していく。もともと言語翻訳のために開発された大規模言語モデル(LLM:Large Language Models)と呼ばれる技術を文書生成に応用したところ、AI研究の専門家でも驚くほど、人間に近い自然な文章を生み出せるようになった。知識レベルや正確性は極めて高く、すでに米国の弁護士資格試験や名門大の入学試験、日本医師国家試験など、超難関といわれる名だたる試験に合格できるほどだ。

生成AIの成長スピードは、専門家の予想以上に早いと齊藤氏は強調する。大規模言語モデルの性能を左右するパラメータ数は、従来のGPT-3.5が1750億であるのに対し、上位モデルのGPT-4は約1.8兆に達する。この結果、性能が15%以上高まったといわれるが、体感的にはその進化の度合いは極めて大きい。単にテキストベースの成果物を生み出すだけでなく、外部ソフトウェアとの連携やプログラムの実行も可能になっているからだ。OpenAI社は2023年7月にGPT-4を用いて、印象的なデモンストレーションを行っている。紙に手書きしたWebサイトの設計図を提示すると、GPT-4がプログラミングを書き、指示通りのWebサイトを出力してみせたのだ。

「この機能はまだ開発途上にありますが、今後はさらに進化し、言語的な指示だけでなく、画像、音声、映像など多様な非構造データを自由に変換し、さまざまなアウトプットを生み出してくれるようになるでしょう。プログラミング技術がない人でも、頭の中にあるコンセプトを形にできる時が来ます。ビジネスにおける活用の幅もさらに広がっていくはずです」(齊藤氏)

生成AIを相手とする壁打ちで
新たな着想を得る

生成AIがビジネスに与えるインパクトとしては、当面は業務効率化が最も大きいと齊藤氏は話す。PCで行っている仕事のほとんどが、AIによって効率化できるという。文書作成はもちろん、プログラミングやデータ分析なども大幅な時間短縮が期待できそうだ。

「例えばクライアントに新しいWebサービスを提案する場合、企画書で説明するよりも、実際に動く画面を見せた方がイメージが伝わりやすいですよね。『こんな入力画面があって、このボタンをクリックするとこのような結果が出てきて…』などとChatGPTと対話していくと、あっという間にプログラムを自動生成してくれます。最終的にクライアントに提供できるレベルのプログラムを完成させるにはまだハードルがありますが、コーディングも効率化が図れるのです」(齊藤氏)

生成AIの機能として、齊藤氏がさらに期待するのが、人間の知的創造活動への支援だ。上司などと対話を重ねながらアイデアなどを整理していく壁打ちを、生成AIを相手に行うことで、視点が似てしまいがちな社内の人では気づきにくい観点や、思いがけないヒントを得ることができる。このような活用方法により、知的創造のスピードとクオリティを向上できる(図1参照)。

図1ChatGPTは文章作成ツールではない

ChatGPTは文章作成ツールではない

現状では文章作成関連の利用が多いが、生成AIとの壁打ちを通じたアイデア生成やコーディング(プログラミング言語によるコードの記述作業)など、クリエイティブな作業をアシストしてもらうような利用方法に大きな可能性がある。

「大規模言語モデルをベースにした現在の言語系生成AIは、誤った情報を事実であるかのように語るケースがあり、それを懸念する声をよく聞きます。しかし、生成AIの背景を考えると、正確性が問われる作業に用いるより、正解のないことに対して考えを深めていく作業に向いていると私は考えています」(齊藤氏)

AIを使いこなす能力と
土台となる専門領域が重要に

今後、AIがビジネスの現場に普及していくなかで、人財にはどういったスキル・能力が求められていくのか。

まず重要なのは、AIとのコミュニケーション能力だと齊藤氏は指摘する。部下に対する目標設定や業務指示が適切でないと、組織としてのパフォーマンスが上がらないのと同じように、AIに対する指示が曖昧だと、それに呼応したアウトプットしか出てこないからだ(図2参照)。

図2生成AIによる生産性向上のイメージ

生成AIによる生産性向上のイメージ

生成AIは、使う人間側の技術・能力によってアウトプットが変わってくる。生産性向上のためには、土台となるスキルと専門性の2つを磨くことが欠かせない。

この文脈で、現在米国のデジタル業界で重視されている能力に「プロンプトエンジニアリング」がある。どんなターゲットに向けて、どのような内容・形式の成果物を求めているのか、適切な質問によってAIからアウトプットを引き出す能力を指す。

「ただ、上手な質問の仕方に関する情報が今後蓄積されていくと、やがてその知見やノウハウ自体がAIに取り込まれていくはずです。プロンプトエンジニアリングの希少性も次第に失われていく可能性が高い。単なるテクニックとしての質問力ではなく、テクノロジーを理解したうえで的確に言語化してAIに伝えていくロジカルな質問力、さらにはどのような目的でAIを活用し、最終的にどのようなソリューションを生み出していくかを考える目的設定能力、AIが導き出したアウトプットを冷静に評価判断する批判的思考力などが重要になると考えられます」と斎藤氏はいう(図3参照)。

図3テクノロジーの活用が進展していくなかで今後重要となるスキル

テクノロジーの活用が進展していくなかで今後重要となるスキル

テクノロジーを理解したうえで的確に言語化してAIに伝えていく質問力、どのような目的でAIを活用し、どのようなソリューションを生み出していくかを考える目的設定能力、AIが導き出したアウトプットを評価判断する批判的思考などが必要。

もう1つ重要になるのが、AI活用の土台となる専門領域をしっかりと持つことだ。自分の仕事における知的水準や専門性を磨いておかないと、いくらAIを使っても、付加価値の高いパフォーマンスは生み出せないからだ。今後は「AIを使いこなすコミュニケーション能力」と「土台となる専門領域」を組み合わせて、どれだけ自分の能力を拡張できるかが問われていくのだと考えられる。

「究極的に言えば、こうした知的活動もAIが次第に代替するようになり、コモディティ化していく可能性があります。そうなると、誰も考えつかないようなAIの活用法を生み出して、新しい価値を提示するようなクリエイティブ能力やイノベーション創出力が最も評価される時代になるかもしれません。AIが次々と進化を遂げていくのに伴って、人間はより高次の知的活動が求められていくのだと思います」(齊藤氏)

効率化だけでなく、知的財産創出に
戦略的に活用していく発想が重要

組織は、こうしたスキルや能力をどのように人財育成に反映していくのか。AI時代の学びについて、齊藤氏は「とにかくアクションを起こしてもらうことが大切」と話す。AIについての基本的なリテラシーを高めるような研修も有効ではあるが、実際の仕事にAIを活用させるような環境づくり・風土づくりが重要ということだ。それが実践的なコミュニケーション能力や専門性を磨くことにつながる。

すでに自社の社員に対し、「ChatGPTなどの生成AIを自分の仕事に自由に使ってよい」としている企業は少なくない。その際、AIの使い方を社員任せにするのではなく、もう一歩掘り下げて、自社に相応しいAIの活用法をできるだけ具体的に探っていってほしいと齊藤氏は強調する。

「自社内において、AIの使いどころはどこか、どう活用したら業務効率化や生産性向上が図れるか、実際に活用するとどんな成果が出るのかを模索するべきです。部署、職種、役職、業務のなかでどのようにこの技術が活用できるのかを探り、実際に動かしていくことが大切で、それが人財育成につながると思います」(齊藤氏)

おそらく最も難しいのは、クリエイティブ能力を社員に身に付けさせることだと齊藤氏は指摘する。これまでは、いわゆる「修羅場体験」と呼ばれるような複雑で困難な事態に直面し、乗り越える過程で経験を積むと同時に、スキルやクリエイティブな思考力、判断力を身に付けてきたと考えられる。しかし今後、多くの仕事をAIで効率的にこなせるようになると、困難な局面をあまり経験しなくても高いパフォーマンスを出せるようになるかもしれない。つまり、最も重要なはずのクリエイティブ能力を高める機会が減っていく可能性があるのだ。

「人間がクリエイティブな思考や判断力をどのように身に付けるかが、新たな課題となっていくと考えられます。私自身、現時点ではこの問題への明確な解は持っていません。ただ少なくとも、働く個人としては常にポジティブに新たな挑戦をしていく姿勢や、1つの産業や業種に固執せず、異なる分野への転身を通じて経験の幅を広げることは大切でしょう。また企業側には、社員たちのそうした挑戦欲求に応えていくような環境整備が求められるのだと思います」(齊藤氏)

さらに、企業としては、AIを業務の効率化だけでなく、自社の提供価値の根幹となる知的財産の創出に戦略的に活用していく発想が重要になると齊藤氏は指摘する。「効率化で生まれた余力を事業に生かすためには、どんな未来を目指していくのか、経営者はビジョンをより明確にしていく必要があります。AI活用は中長期的な成長力や競争力につながります」(齊藤氏)

Profile

齊藤 秀氏
SIGNATE 代表取締役社長CEO/Founder
博士(システム生命科学)
筑波大学人工知能科学センター客員教授
国立がん研究センター研究所客員研究員

オプトCAOを経て現職。幅広い産業領域のAI/データ活用業務を経験。データサイエンティスト育成および政府データ活用関連の委員に多数就任。約10万人(2023年5月時点)のAI/データ分析人財が登録する国内最大のデータサイエンスプラットフォーム「SIGNATE」を運営。DX人財育成クラウドサービス「SIGNATE Cloud」や、オープンイノベーション形式でAI開発/データ分析に挑む「SIGNATE Competition」、国や地方自治体のDX/AI人財発掘・育成プロジェクトなどを展開。

齊藤 秀氏 SIGNATE 代表取締役社長CEO/Founder 博士(システム生命科学) 筑波大学人工知能科学センター客員教授 国立がん研究センター研究所客員研究員