働き方 仕事の未来 人財 組織 テクノロジー 脳神経科学の視点で幸福感を常態化 ウェルビーイングは能動的に導く

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2024.04.12
脳神経科学の視点で幸福感を常態化 ウェルビーイングは能動的に導く

2023年10月、Adecco Groupが未来の働き方やライフスタイルについてまとめた調査報告書「Global Workforce of the Future(未来のグローバルワークフォース)」の第4弾では、「バーンアウト(燃え尽き症候群)」が広がっているという実態が明らかになった。企業には従業員の幸福度の向上、すなわちウェルビーイングの実現が求められている。そのために必要なことは何か、そもそも目標であるウェルビーイングとはどのような状態を表すのか。最先端の神経科学の理論を応用して、教育や企業の現場の成長とウェルビーイングを支援するDAncing Einsteinの代表である青砥瑞人氏に話を聞いた。

ウェルビーイングとは
幸福感を記憶し定着した状態

「ウェルビーイング」とは1948年の世界保健機関(WHO)設立時に「健康」を定義する一文で使用された言葉である。「肉体的、精神的、そして社会的に、完全に満たされた状態」を意味するが、数値で測れない心の状態も含まれるため、具体的なイメージがつかみにくい面もある。青砥瑞人氏は「ウェルビーイング(Well-Being)とはその言葉のとおり、心が満たされ、豊かさを感じている(Well)状況が『維持されている(Being)』状態」だと話す。

「人間の脳には、受け取る情報(シグナル)を取捨選択する『フィルター』と、取り込んだ情報に対して示す『反応』、そしてその反応を自分の一部として定着させる『記憶』の3つの機能があります。ウェルビーイングとは、これらを通じて心が満ち足りている状況を常態化した状態のことです」(図1参照)

図1「フィルター」「反応」「記憶」の脳の3つの機能

「フィルター」「反応」「記憶」の脳の3つの機能

幸せを感じる情報を取捨選択(フィルター)として取り込み、反応することが「ハッピー」。さらにハッピーを記憶し、常態化した状態が「ウェルビーイング」だ。

出典:DAncing Einsteinの資料を基に作成

それだけを聞くと、いわゆる「ハッピー(Happy)」と表現される状態のことのように思えるが、そうではない。

「例えばおいしいコーヒーを飲んで、ああハッピーだなと感じたとします。このとき、脳のなかでは幸福感をもたらす神経伝達物質(ドーパミン、オキシトシン、βエンドルフィン、セロトニンなど)が分泌されています。しかしほどなくして幸福感は消えてなくなります。理由は、身体が一定の状態に戻ろうとするホメオスタシス(恒常性)の作用により、脳ももとの状態に戻ろうとするからです。つまりハッピーはその瞬間だけ、一過性のものなのです。一方、ウェルビーイングは、体験とそのときの感情が『記憶』され、自分の一部になっている状態なので、いつでも幸福感を思い返し味わうことができます。『記憶』になったかどうかの違いが重要なのです」(青砥氏)

感情を伴った記憶が重要
意識的に思い返して定着を

体験を記憶し定着させるには、英単語を覚えるように、反復して思い返す作業が必要だと青砥氏は言う。

「その際、意識して当時の自分の感情まで思い返すのがポイントです。自分自身が幸せな状態になるために能動的に、意識的に行動することを『アクティブハピネス』と私は呼んでいますが、これは重要なスキルです」

特定の意識や記憶をいつでもたどることができるのは、人間の脳だけの特徴だと青砥氏は指摘する。一方で、その日の出来事を日記に残す人はいるが、それを幸福の記憶の定着までつなげられる人は少ないだろう。

「記録を残すことは理にかなっていますが、そのときのワクワクした感情や心地よい気持ちまで思い出さなければ、単なる記録作業で終わってしまい、幸せな記憶の定着には至りません。出来事のエピソードを記憶するのは『海馬』、感情を記憶するのは『扁桃体』と、脳のなかで部位が分かれているからです。感情の記憶ができなければ、満たされる感覚はよみがえってこないのです」

楽しい体験をしたその瞬間に、感情を心に深くとどめることも重要だという。例えばコーヒーを飲んでおいしいと感じたとき、10秒でも意識的にその幸福感に浸ると、格段に記憶にとどめやすくなるのだ。ハッピーの積み重ねであるウェルビーイングを育むためにも、自らの意思で記憶をたどるという能動的なアプローチが必要となる。

「思い返すことを繰り返して記憶されることで、脳の情報フィルターや反応のあり方も変化します。自分にとって好ましいものを取り込みやすくなり、幸福感も得られやすくなるのです。脳は自分で作り上げていけるのです」

また、青砥氏はネガティブな情報や体験も大事だと指摘する。さまざまな感情を包含して記憶することで、より豊かさを感じられるという。

日常の些細なことに幸福感
自分軸で生きることの重要性

自分の幸福感にフォーカスし、意識的に感情の記憶を積み重ねていくことが重要である一方で、情報化が進んだ現代に生きる私たちは、自分の感情と向き合う時間もないほど大量かつ強烈な情報に囲まれている。

「人間の脳は強いシグナルに注意が向かいやすい特性があります。街の広告からさまざまなメディア、SNSなどによる魅惑的で強烈な情報シグナルに常に刺激を受け続けているうちに、豊かさはそれらのなかにあると感じるようになりやすいです。しかし、それはある意味、人間の脳の退化だと私は思っています」

DAncing Einsteinで以前、400人以上を対象に1人100項目におよぶウェルビーイングに関するアンケート調査を実施したところ、興味深い結果が出たという。「私は幸せだ」と感じている人と相関性の高い因子を分析したところ、「自分に向き合う」や「何気ない日常生活に幸せを感じる」「些細なことで楽しめたり幸せを感じる」といった項目が浮かび上がってきたのだ(図2参照)。

図2幸せを感じている人と相関性の高い因子

幸せを感じている人と相関性の高い因子

幸福感を持つ人は、自分に向き合い自己肯定感を持っていることが読み取れる。自分軸で生きているからこそ、日常生活にあふれる些細なことにも幸せを感じれるようだ。

出典:DAncing Einsteinの実施した調査結果の資料を基に作成

「幸せを感じている人が些細なことに心をとどめることができるのは、自分と向き合っているからです。強烈なシグナルにあふれた社会のなかでも、自分に向き合うことによって主体的に情報の取捨選択ができ、自分軸で生きていられるのです。これこそがウェルビーイングの本質です」

プロセスを評価して
働くこと自体に価値を見いだす

では働き手一人ひとりのウェルビーイング実現のために、企業にはどんなことが求められるのだろうか。ウェルビーイングが重要視される一方で、現実にはバーンアウトが広まっている。その背景の一つには、短期で成果を求める企業の姿勢があり、そこは見直す必要があると青砥氏は話す。

「正解もゴールもない時代においては、結果がわからないもの、予想できないものが多くなるでしょう。しかし成果主義においては結果が出ないものが評価されないため、結果が出るかどうかわからないものにはモチベーションもわきません。これからは結果だけではなくプロセスも評価し、一人ひとりのモチベーションとなり得る軸を増やすことが大切です。プロセスから得る学びや喜びにも価値があり、働いていること自体に価値を感じられるような形にシフトするのが望ましいと考えます。そのなかで新しい可能性も広がり、自ずと成果にもつながるのではないでしょうか」

Profile

青砥 瑞人氏

青砥 瑞人氏
応用神経科学者
株式会社DAncing Einstein代表

1985年、東京都出身。高校を中退後、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)神経科学学部を飛び級で卒業。最先端の神経科学の理論を応用して、教育現場や企業における人の成長やWell-beingのヒントを与えることを目的に2014年、DAncing Einsteinを創設。AI技術も駆使し、NeuroEdTech®/NeuroHRTech®という新分野も開拓。主な著書に『HAPPY STRESSストレスがあなたの脳を進化させる』(SBクリエイティブ)など。