働き方 仕事の未来 人財 組織 テクノロジー 従業員のバーンアウトを防ぎ、ウェルビーイングを高め生産性の向上にいかにつなげるか

  • このページをFacebookでシェアする
  • このページをTwitterでシェアする
  • このページをLinkedInでシェアする
2024.03.27
従業員のバーンアウトを防ぎ、ウェルビーイングを高め生産性の向上にいかにつなげるか

2023年度版の「Global Workforce of the Future(未来のグローバルワークフォース)」において、生成AIと並んで大きく取り上げられたのが、職場の「ウェルビーイング」や「メンタルヘルス」の課題だ。
生成AIが人間の労働の多くを代替していく一方で、創造性が求められる高度な頭脳労働やヒューマンタッチのコミュニケーションなど、人間にしかできない能力の重要性はますます高まっていく。社員に十分に能力を発揮してもらうためにも、企業は職場のウェルビーイング向上に今まで以上に積極的に取り組むことが欠かせない。企業は今後、ウェルビーイング施策をどのように推進していくべきか。
ウェルビーイングやメンタルヘルスと企業経営の関係に詳しい慶應義塾大学商学部教授 山本勲氏に聞いた。

高水準で推移するマネジメント層のバーンアウトリスク

今回の調査報告書では、働き手のウェルビーイングに関わる重要なトピックスとして、「バーンアウト(燃え尽き症候群)の蔓延」を大きく取り上げた。バーンアウトとは、それまで意欲的に働いていた人が、突然燃え尽きたように仕事への熱意を失ってしまう心的状態を指す。仕事に対するポジティブな心理状態を意味する「ワークエンゲージメント」の対極に位置づけられる概念で、近年注目されているメンタルヘルス不調の一つである。

バーンアウトは世界的に広がっていると言える。今回の調査によれば、過去12カ月間にバーンアウトを経験した働き手の割合は各国平均で65%にのぼり、日本でも56%の人がバーンアウトを感じたと回答している。なかでも発症リスクが高いと見られるのがマネジメント層だ。

「日本では、働き方改革の一環として長時間労働の是正が推進されていますが、その主な対象は一般社員です。労働時間をある程度自分の裁量で決められる管理職は、労働基準法の労働時間規定が適用されていないため、一般社員への残業規制のしわ寄せが及びやすい面があります。この事態が日本の管理職のバーンアウトにつながっていないか、企業としては留意する必要があるでしょう」と、山本勲氏は言う。

もう一つ、メンタルヘルス不調につながる最近の環境要因として山本氏が指摘するのが、テレワークの普及である。コロナ禍を契機に日本企業の間でもテレワークが急速に普及し、通勤や出張などの移動の負担が減り、働く場所と時間の自由度も高まった。

「テレワークは働き手のウェルビーイングを高める有効な手段だと考えられますが、その一方で、これまで裁量労働制や高度プロフェッショナル制度などに該当せず、働き方の自己管理にあまり慣れていなかった人々までが、労働時間や健康状態などを自分である程度管理する必要が出てきました。これにうまく対応できず過重労働が続き、バーンアウトに陥ってしまうリスクも懸念されます」(山本氏)

健康増進と生産性向上の両立を目指す
ポジティブメンタルヘルス

企業としては、バーンアウトのようなメンタルヘルス不調を防ぐのはもちろん、社員の心理的な健康度をできるだけ高め、生産性の向上につなげていく発想が大切だと山本氏は強調する。健康増進と生産性向上の両立を目指す心理学概念は「ポジティブメンタルヘルス」と呼ばれ、日本企業の間でも関心が高まっている。

過去の研究により、ポジティブメンタルヘルスと個人の生産性との間に相関関係があることは示されていたが、最新の研究では、組織全体のパフォーマンスにも大きく影響することが明らかになっている。例えば、山本氏らの研究チームが国内の447社6992人を対象に行った調査によれば、ワークエンゲージメントが高い企業ほど、売上高利益率(ROS:Return on Sales)などの数値も高いという正の相関関係が確認された(図1参照)。

図1エンゲージメントと企業業績の関係
企業単位のワークエンゲージメント(性別・年齢調整済)と利益率(ROS)

エンゲージメントと企業業績の関係 企業単位のワークエンゲージメント(性別・年齢調整済)と利益率(ROS)

ビジネスパーソンのウェルビーイング指標として注目されるワークエンゲージメントは、利益率で測った客観的な組織レベルのアウトカムとプラスの相関がある。

グラフは、全データをワークエンゲージメントの値が低いほう(1分位)から高いほう(5分位)へ順に並べたもの

出典:慶應義塾大学商学部山本勲教授 講演資料

また、大手小売業1社のデータを用いて、売り場単位でのワークエンゲージメントと売上高の関係を検証したところ、ワークエンゲージメントの平均が高い売り場では予測対比でみた売上高が高くなる一方、売り場内のエンゲージメントのばらつきが大きいと生産性が低下する傾向が見られたという。この結果は、職場の全員がいきいきと働けることの重要性を示唆している。

社員のウェルビーイングを向上させるには、メンタルヘルス不調につながるようなマイナス要因を取り除くと同時に、ワークエンゲージメントを高めるプラス要因を増やすことが重要になる。参考になるのが、産業保健心理学で提唱されている「仕事の要求度・資源モデル」だ。精神的・肉体的な負担など「仕事の要求度」をできるだけ減らし、裁量性などの「仕事の資源」や自己効力感などの「個人の資源」を増やせば、ワークエンゲージメントは高まると考えられる(図2参照)。

図2ワークエンゲージメントの決まり方
仕事の要求度・資源モデル:Job Demand-Resource(JD-R)model

ワークエンゲージメントの決まり方 仕事の要求度・資源モデル:Job Demand-Resource(JD-R)model

仕事の資源と個人の資源を満たしてワークエンゲージメントを高めることで、生産性向上や離職率低下、顧客満足度の向上などにつながる。

出典:厚生労働省『労働経済白書』令和元年版

ただ注意したいのは、あらゆる職場のワークエンゲージメント向上につながる“一般解”があるわけではないことだ。業種や職種、職場の状況や性格などによっても、効果的な施策は違ってくる。そこで、エンゲージメントを判断する項目を盛り込んだ従業員サーベイを定期的に実施して、どのような働き方がエンゲージメントを左右しやすいかを部門ごとに把握していくことが必要だ。その検証を重ねることで、最も重要な「仕事の資源」とは何か、「仕事の要求度」をどこまで上げられるかなどがわかってくる。

前述のように、テレワークの普及により、働き方が個人の裁量に任される状況が増えており、上司も部下の働きぶりや健康状態を以前よりも把握しにくくなっている。

「仕事に熱心に取り組んでいるように見えても、自己効力感が乏しかったり、上司による支援や評価に不満を感じる状況が続いたりすると、突然バーンアウトに陥ってしまう恐れがあります。今まで以上に、上司は部下の状況を丁寧に把握するように留意すべきです。最近はごく簡単な質問内容で、短い期間に高頻度で実施する『パルスサーベイ』を取り入れる例が増えており、これも良い方法だと思います」(山本氏)

また、社員のメンタルヘルス不調を未然に防ぐ判断基準として「労働時間」は重要だ。エンゲージメントサーベイと並行して、労働時間についても普段から上司がチェックしておく必要がある。

「コロナ禍を機に社員のメンタルヘルスに関する意識が高まったこともあり、最近は日本企業の間でもポジティブメンタルヘルスを経営に取り入れたり、情報を積極的に開示したりする機運が広がっているのを感じます。ウェルビーイングとビジネスの成果を両立させる経営に一層取り組んでほしいと思います」(山本氏)

Profile

山本 勲氏

山本 勲氏
慶應義塾大学商学部 教授

ブラウン大学博士(経済学)。専門は労働経済学。
主な著書として、『コロナ禍と家計のレジリエンス格差』(編著)慶應義塾大学出版会、『人工知能と経済』(編著)勁草書房、『労働時間の経済分析』(共著)日本経済新聞出版社、『実証分析のための計量経済学』中央経済社。