梶谷健人氏
株式会社POSTS 代表取締役
生成AIなどの先端テクノロジーとサービス戦略に強みを持つアドバイザーとして複数社の顧問に従事。株式会社VASILYでのグロース担当や、新規事業立ち上げとグロースを支援するフリーランスを経て、2022年8月まで株式会社MESONの代表としてXR/メタバース領域で事業を展開。
著書『生成AI時代を勝ち抜く事業・組織のつくり方』(日経BP)、『いちばんやさしいグロースハックの教本』(共著/インプレス)。
生成AIの出現により、ビジネスの現場は大きく様変わりしようとしている。
企業は今後、生成AIをコアな業務に生かせる「生成AIネイティブ」な組織になっていく必要があると、AIをはじめとする先端テクノロジーの戦略アドバイザーを務める梶谷健人氏は指摘する。生成AIによって既存の業務やビジネスが変革していく時代に、組織はどう変化していくべきか。また、個人にはどんなスキルが求められるようになるのか。梶谷氏に話をうかがった。
生成AIの出現で、私たちの仕事やビジネスは大きく変わる。実際に生成AIは、一体どのような価値をもたらしてくれるのだろうか。梶谷健人氏は、大きく2つを挙げる。1つは「コンテンツの創造コストを限りなくゼロにできる」こと。生成AIを活用することで、テキストや画像、動画などの制作に必要な時間を従来の10分の1から100分の1にまで短縮でき、しかもこれまでと遜色のないクオリティーでのコンテンツ制作が可能になる。
もう1つは「非構造化データの処理ができる」こと。非構造化データとは、整理やラベリングがされていない雑多なデータのことを指す。一昔前のAIにおいては、AI に学習させるためのデータに属性をタグ付けするなど、データの整理整頓(データの構造化)を人間が行う必要があった。しかし、現在の生成AIでは、人間が構造化を行っていないデータを柔軟に処理することが可能だ。
「企業が保持しているデータの約9割がおそらく非構造化データです。それらを人間が構造化する負荷は非常に大きく、そのことがAI 活用のスピードを遅らせていました。非構造化データをそのまま処理できるようになったことで、AI活用は加速度的に進んでいくでしょう」(梶谷健人氏)
生成AIはすでにビジネスを変えつつある。例えば小売りの現場では、ECサイトにAIアシスタントが導入され始めており、購入者の好みを把握して好みの商品を提案してくれる。今後は購入者が自ら商品を検索する必要はなく、要望を伝えるだけでAIが商品をピックアップしてくれるようになるだろう。また、Web制作においては、コーディングやAPI連携などの専門な知識がなくても、誰もが簡単にサイト構築が行えるアプリも誕生している。今後は生成AIによって、日常生活もビジネスもドラスティックに変わっていくことは間違いない。
ところが、日本の企業の多くはこれら技術の進化のスピードに乗り切れていない。その理由として、梶谷氏は「経営層がまだ生成AIを活用する重要性を理解していないため」と指摘する。先端テクノロジーについての知識を自ら積極的に追求し、導入している経営者はまだ少ないのが現状なのだ。また、生成AIを取り入れている企業であっても、メールや議事録作成といったような汎用業務への導入にとどまっており、特定専門業務に導入できていないことも課題だという(図1参照)。
専門業務に特化したAI導入を
生成AIがより力を発揮するのは、専門業務の領域。
汎用的な業務に導入をとどめないことがポイント。
熱意のある若手に裁量を与えて任せる
生成AIの活用には特別な知識は不要。
まずは「やってみる」ことが重要。
大量の非構造化データから、高度な判断を行える生成AIは専門業務においてこそ力を発揮する。使いこなすための特別な知識も必要ないため、熱意のある社員に任せて推進を促すことが大事。
「汎用的な業務では深い専門性や高度な判断を必要とせず、生成AIの本来の力と効果が見えづらいため、導入が進みません。米国ではカスタマーサービスや社内ナレッジ検索など、専門業務に特化したAIを取り入れ、成果につなげています」(梶谷氏)
導入できない理由として、AI人財の不足を挙げる経営者もいる。これに対し梶谷氏は、若手社員に任せていないだけのケースも多いと指摘する。
「そもそも生成AIは従来のAIほど専門知識が必要ではありません。エンジニアでなくても、十分に使いこなすことができます。やる気や熱量のある若手を抜擢し、裁量を与え、どんどん推進させることが大切です」(梶谷氏)
今後、企業は「生成AIネイティブ」な組織になる必要があると梶谷氏は指摘する。生成AIネイティブな企業とは、「経営層がAIを理解し、主幹業務にAIを取り入れている」企業のことだ。
梶谷氏によれば、生成AIネイティブな組織になるためのプロセスには、大きく3つのフェーズがある(図2参照)。最初は「意識の共有と準備」のフェーズ。組織の上位レイヤーである経営層が正しい危機感とともに組織変革に対してコミットすること。そして「なぜ生成AIが自社に必要なのか」「生成AIを導入して何を目指すのか」といったビジョンを定め、コアチームを設置する。経営層がいかに本気になれるか、また若手の抜擢などがこのフェーズの重要なポイントになる。
次が「実行と拡大」フェーズ。組織や業務に生成AIを導入し、その成功体験や知見とともに活用のスケールを広げていく。生成AIを導入する社内業務の特定と改善を行い、メンバーを育成し、さらに組織生産性だけでなく事業にも生かしていく。ポイントは、コア業務に生成AIを取り入れていくことだ。
最後が「完全移行」フェーズ。生成AI時代に最適な形に組織や働き方を変革し、移行する。生成AIの導入によって、例えば従来100人必要だった作業が10人でできるようになると、少人数のプロジェクトチームが増えてくる。そのため、複数の小さい単位の組織が有機的に連携・機能し合えるように、体制を変更・強化していく必要が出てくる。経営者には、そのような組織を構築し、運営するノウハウも求められていくだろう。
「意識の共有と準備」フェーズ
組織の上位レイヤーがコミットする
ビジョンを定める
コアチームを設置する
「実行と拡大」フェーズ
社内の業務を特定し、改善する
メンバーを育成する
組織生産性だけでなく、事業にも生かす
「完全移行」フェーズ
生成AI時代に最適な形に組織や働き方を変革し移行する
プロセスは3つのフェーズに分かれる。それぞれ「3アクション→3アクション→1アクション」の合計7つのアクションで取り組んでいく。
出典:梶谷健人氏の著書『生成AI時代を勝ち抜く事業・組織のつくり方』(日経BP)のP.229の図を基に作成
生成AIネイティブな組織になれば、会社の規模や社員の職能スキルによらず、さまざまな挑戦ができるようになる。生成AIネイティブ化にいち早く取り組むことで他社との差別化ができ、業界をリードする存在になれる可能性がある。逆に言えば、現在業界で優位性を持つ企業であっても、取り組みが遅れれば、他社に抜かれてしまう危険性があるということだ。
「将来にわたり競争優位性を維持し続けるためには、経営者は生成AIネイティブな組織への変革を、単なる選択肢ではなく、生存のための必須条件として捉えることが重要です」(梶谷氏)
生成AIネイティブな組織で働く社員には、どんなスキルが求められるのか。変化に柔軟に対応できる力は大前提としたうえで、梶谷氏は「ビジネスに求められる3つのスキル、『職能スキル』『ソフトスキル』『デジタルリテラシー』の重要度の割合が変わる」と指摘する。これまでは、例えば営業やデザインなど専門領域における職能スキルと、意思決定力やコミュニケーション能力などのソフトスキルで9割、デジタルリテラシーが1割程度だったが、今後はソフトスキルの重要性が2~3倍に高まっていくという。
「多くの業務を生成AIで担えるようになるからこそ、職能スキルではなく、人間にしかできないことの価値が高まっていきます。今までは専門スキルさえあれば、協調性やコミュニケーション能力はそこまで求められなかったかもしれません。しかし、これからのビジネスパーソンには、こうした人間力の高さの方がより重要になり、より求められていくでしょう」(梶谷氏)
梶谷健人氏
株式会社POSTS 代表取締役
生成AIなどの先端テクノロジーとサービス戦略に強みを持つアドバイザーとして複数社の顧問に従事。株式会社VASILYでのグロース担当や、新規事業立ち上げとグロースを支援するフリーランスを経て、2022年8月まで株式会社MESONの代表としてXR/メタバース領域で事業を展開。
著書『生成AI時代を勝ち抜く事業・組織のつくり方』(日経BP)、『いちばんやさしいグロースハックの教本』(共著/インプレス)。