人口の5人に1人が75歳以上となり、雇用にも深刻な影響を及ぼす「2025年問題」。さらに2025年4月からは65歳までの雇用確保が企業に義務化され、シニア人財の活用は喫緊の経営課題だ。一方で、「シニア人財はワークエンゲージメントが低い」と一般的には捉えられているといえる。
だが、早稲田大学大学院経営管理研究科教授の竹内規彦氏は、シニア人財のエンゲージメントはむしろ高く、年齢による能力の衰えも限定的だと指摘する。竹内氏に、企業がシニア人財を活用するための環境づくりについて話を聞いた。
ワークエンゲージメントが高く仕事能力も落ちないシニア人財
「シニア人財はワークエンゲージメントが低い」といわれるが、そもそも「エンゲージメント」とは何だろうか。人財マネジメントを専門とする竹内規彦氏は「エンゲージメントとは、もともと『関わりの強さ』を意味するもので、学術的には情緒面、思考面、行動面の3つの側面で考える概念だ」と説明する。「情緒面」とは、仕事に対する熱意や楽しさ。「思考面」はしっかりと向き合い考えているか、集中しているか。「行動面」は、実際に手や体を動かして積極的に従事しているかを示す。エンゲージメントは、これら3つの側面から考える必要がある。
だが、エンゲージメントでは「情緒面」ばかりがクローズアップされる傾向があると、竹内氏は話す。その結果、「エンゲージメント=熱意」というイメージが付いてしまっているという。
毎年エンゲージメント調査を行っている米国の大手世論調査会社ギャラップが2017年に発表した結果によると、日本は「熱意のある社員の割合」が調査対象国139カ国中で132位だった。竹内氏は「これは、調査自体が3つの側面のうちの情緒面だけにフォーカスした結果だといえる」と指摘する。
一方、企業に正規雇用されている人を対象に、竹内氏が情緒面・思考面・行動面の3側面による調査を行ったところ、意外にも若い世代よりシニア世代の方がエンゲージメントが高いとの結果が出たという。それも、50代後半から急激にワークエンゲージメントが上昇しているのだ(図1参照)。
図1シニアのワークエンゲージメントとパフォーマンス
竹内氏のデータによる。n=1,089(~ 29 歳=368 名、30 ~ 39 歳=368 名、40 ~ 54
歳=197名、55歳以上=156 名)。
感情面だけではなく、思考面と行動面と併せて見てみると、シニアのワークエンゲージメントはむしろ高く、パフォーマンスも創造性以外は、加齢の影響はほとんどなかった。
出典:竹内規彦氏の資料を基に作成
「私が行った調査では、確かに情緒面は数値が低かったのですが、思考面、行動面は他の世代に比べてシニア世代の方が高いことがわかりました。高齢者のワークエンゲージメントが必ずしも低いとはいえず、むしろ高いのです」
また、年齢と仕事上のパフォーマンスの関係についても意外な結果が出たという(図1参照)。
「『タスク・パフォーマンス』や、会社への貢献行動を示す『組織パフォーマンス』で、年齢の影響はさほど見られませんでした。つまり仕事能力に対する、加齢によるマイナスの影響はほとんどないことがわかったのです」
一方、他の世代と比べて低かったのが「創造性」。だが、これについても竹内氏は別の角度から見解を述べる。
「注意したいのは、そもそもシニアの人たちに創造的な仕事がアサインされていないかもしれない点です。評価・アサインする側が、『シニアの人たちは創造性が低い』と思い込んでいる可能性も、考える必要があります」
竹内氏による調査は、シニアの人たちのワークエンゲージメントが必ずしも低くないことを示した。同時に、周囲がシニア世代に対して、アンコンシャス・バイアス(自覚のない思い込み)による評価をしていないかについても、考える必要性を示唆している。
「心の高齢化」を防ぐのはポジティブなマインドセット
エンゲージメントには個人差がある。シニア世代で個人差を生み出す要因の一つが、「心の高齢化」だ。
「人は年齢とともに、物事に対する動機付けのあり方が変化します。若いときはいろいろなものを吸収しようと行動しますが、年齢を重ねるにつれて、いわゆる守りの姿勢が強くなります。若い頃は新たな人間関係の構築に重きを置いていた人も、年齢とともにパートナーや親族、地域コミュニティー、旧友、同期のネットワークなど、既存の人間関係を重視するようになります。人間関係に情緒的な安定性を求めようとする感情面から来るもので、これが『心の高齢化』です」(図2参照)
図2年齢による「心の高齢化」を防ぐ
心の高齢化を防ぐには、未来に機会や可能性があふれていると考えるポジティブなマインドセットがポイントになる。シニア世代に限らず、若い世代も含めた会社全体として取り組むことが大事。
では、心が高齢化してしまう人と、若々しい心を保てる人との差は何だろうか。竹内氏によれば、それは「未来展望」にあるという。
「人生この先もさまざまな機会があり、活躍できると考える人は心の若さを保ちます。しかし、残りの人生を計算して未来は限られている、機会もないと考える人は、心の高齢化が進みます」
驚くことに、心の高齢化は30歳頃から始まるのだという。つまりシニアに限った話ではなく、30代でも老化している人がいるということだ。心の高齢化を防ぐ「未来展望」は、マインドセットにあると竹内氏は話す。
「未来展望が高い人たちは、共通してポジティブなマインドセットを持っています。そういう人たちはシニア世代になっても活躍します。逆に、そういうマインドセットを持たない人たちは、若い世代であっても活躍しにくい傾向があります。シニア人財の活用は、シニア世代だけではなく、若い世代も含めて行うことが大切です。会社全体で、ポジティブなマインドセットを育むような教育指導や、職場での環境づくりを行うことが重要です」
失敗を叱られるばかりの環境では、ポジティブなマインドは育ちにくい。失敗したとしても、挑戦したことを評価する、日ごろの勤勉さを認めるなど、評価する側の考え方や姿勢、企業カルチャーを醸成することが重要だ。
DE&Iの観点でシニア人財へのアンコンシャス・バイアス払拭を
もう一つ、シニア人財の活躍を阻む要因となっている可能性があるのが、前述の周囲によるアンコンシャス・バイアスだ。これを取り除くことも、企業におけるシニア人財活躍のための大きなポイントだと竹内氏は話す。
「アンコンシャス・バイアスは、企業におけるDE&I、多様性に関する課題だと捉える必要があります。多様性というと性別や国籍、人種などが思い浮かぶと思いますが、それらと同様に、年齢や価値観なども含まれます」
白髪のシニア社員を見て、思わず第一線から退いた人だと感じてしまう人もいるかもしれない。だが、それは表面的なもので、前述のようにシニアの人たちの仕事能力は必ずしも衰えてはおらず、ワークエンゲージメントも高い。アンコンシャス・バイアスが、シニアの人たちを見る目に影響を及ぼしている可能性があるのだ。
「アンコンシャス・バイアスを取り除くうえで大事なのが、関係づくりです。そのためにはコミュニケーションが重要です。しっかりコミュニケーションを取り、相手をよく知ることで、年齢や性別、人種などに惑わされることなく、正しく相手のことを理解できます。そうすれば先入観、つまりバイアスは消えます。企業は、社員同士がコミュニケーションしやすい、風通しの良い環境をつくることが求められます。年齢を含めた各種属性に関係なく、信頼関係を築くことができるのです」
DE&Iが重視されるのは、多様性によってイノベーションや革新的アイデアが生まれるからだ。シニア世代は豊富な経験や知見を持つ人財。若い世代の人たちと組むことで、新しいアイデアや事業が生まれる可能性もある。企業には、単にシニア人財を人手不足解消の手段の一つと捉えるのではなく、年齢という多様性を実現するための環境整備が求められている。
Profile
竹内規彦氏
早稲田大学ビジネススクール
(大学院経営管理研究科)教授
名古屋大学大学院国際開発研究科博士後期課程修了(博士(学術))。東京理科大学、青山学院大学准教授等を経て、2012年より早稲田大学ビジネススクールにて教鞭をとる。17年より現職。
専門は組織行動論・人材マネジメント論。経営行動科学学会会長、日本ビジネス研究学会(米国)会長等を歴任。2022年より京都大学経営管理大学院にて客員教授を兼任。