Adecco Groupは、世界13カ国2000人の経営層を対象とする2025年度の調査レポート「AI時代のリーダーシップ:期待と現状」を発行した。
今回の調査では、世界のCEOの53%が、戦略の方向性に組織内のチームの足並みを迅速に揃えるのが難しい状況だと回答。
また、「自社のAI導入戦略に強い自信を持っている」と答えた回答者は、前年度調査から11ポイント低下した(図1参照)。
こうした状況下で、企業がAIを価値創造や経営の持続性に生かしていくために、 どのようなリーダーシップが求められるのか、経営者はその資質をどう磨いていくべきか。
世界トップクラスのビジネススクールであるスイスのIMD(国際経営開発研究所)において、唯一の日本人教授である一條和生氏に語っていただいた。
先進企業と日本企業のAI活用の差
背景にあるのはリーダーシップの弱さ
2022年の生成AIブームの端緒となった米オープンAI社の「ChatGPT」公開から、3年が経過した。すでに世界の先進企業はAI活用の実装段階に入っており、マーケティング立案や戦略策定、グローバルサプライチェーンの再構築など、AIを新たな価値創造の根幹に取り入れ始めている。これに対し多くの日本企業は、依然として「既存業務の生産性向上」の範囲にとどまっているのが現状だ。
「私の活動拠点であるスイスのIMDでも、AIに関するセミナーやワークショップを多数行っていますが、AI研究者に限らず、戦略論やマーケティング、さらには地政学の研究者なども登壇し、AIを価値創造や経営の持続性にどう生かすか、多角的な議論が展開されています。しかし、こうした議論を視野に入れている経営者は日本ではまだ少ないのが実情です。生成AIが登場してわずか数年ですが、この間だけでも遅れをとっている事実に経営者は強い危機感を持つ必要があります」(一條氏)
図1・図2に示したように、Adecco Groupのグローバル調査によると、AI導入戦略に対するリーダーの自信は年々低下している。また働き手も、経営者自身も、自社の経営層がAI導入に必要なスキルや知識を持っていると確信できていない。AI活用が本格的な実装段階を迎えるなかで、 戦略や組織に定着させることの難しさを感じる経営者も多いのだろう。
図1企業におけるAI導入戦略についての現状と課題
「自社のAI 導入戦略に強い自信を持っている」
と回答した人の割合
全体として、AI導入戦略に対するリーダーの自信は年々低下している
出典:Adecco Group「AI時代のリーダーシップ:期待と現状」(2025年5月)
図2経営層のAIに対するスキルや知識についての現状と課題
リスクと機会を理解するために、経営層が十分なAIのスキルと知識を持っていると確信するのは、リーダーの半数のみ
自社の経営層は、リスクと機会を理解するために十分なAIのスキルや知識を持っていると確信するのは、働き手の半数未満
リーダーも働き手も、経営層がAI導入に必要なスキルや知識を持っていると確信していない
出典:Adecco Group「AI時代のリーダーシップ:期待と現状」(2025年5月)
特に日本において、AI実装の出遅れの要因として一條氏が指摘するのが「リーダーシップの弱さ」だ。ここでいうリーダーシップとは、単なるトップダウンでの指導力ではなく、組織が目指すべき方向を明確に打ち出すとともに、その実践においてもトップが深くコミットメントし、現場の共感を引き出しながら変革を進めていくような力を指す。
優れた経営者は現場の社員たちとの連携を重視しており、リーダーシップの下で経営陣と現場が共振・共鳴する形で変革が進んでいるという。例えばAI活用についても、欧米企業ではIT部門だけに任せず、経営トップが課題意識を持ち、自ら先頭に立って変革をリードしている。日本企業はこうした意味でのリーダーシップが不足しており、それがAIの本格的な実装の遅れにもつながっていると考えられる。
リーダーシップの弱さがもたらす課題は、グローバル化への対応にも見られる。いまや消費市場や資本市場をはじめ、あらゆる領域でグローバル化が進展している。たとえ国内のみで活動する企業であっても、世界中の消費者や投資家から評価の目が向けられている。自社商品に対する海外需要が高まって業績が予想外に伸びることもあれば、海外のアクティビストファンドから意図せぬ買収提案を受けることもある。あるいは、ガバナンス体制の脆弱さが海外メディアで報じられ、SNS世論によって一夜にしてブランド価値が毀損されてしまうこともあり得るだろう。こうしたグローバル化がもたらす環境変化に対し、日本の経営者の課題意識は乏しいと一條氏はいう。
「日本だけで活動している企業も、いわばワールドカップを勝ち抜くような意識で経営力を日々磨いておかなければ、自分たちにとって不本意な状況に陥る可能性があります。グローバル化はチャンスであると同時に脅威でもあります。AI
活用と同様、グローバル化という大きな変化を乗り越えるには、経営者が先頭に立って危機感とビジョンを共有し、組織全体を導く必要があります。その意味でもリーダーシップは重要です」
経営陣と現場が共振・共鳴する組織へ
カギとなる「ミドルアップダウン」
では日本の経営者は今後、どのような方向性を目指すべきか。まず前提となるのは、経営トップ自身が健全な危機感と課題意識を持つこと。そのうえで、前述のように、経営陣と現場が共振・共鳴するような経営を実践していくことが求められる。
「経営者は現場を深く理解し、現場社員は経営的な視点を持って自社の状況を自分事として捉える。そうした双方向の関係こそが、真のリーダーシップを支える土台です。トップの強いコミットメントと現場の主体性がかみ合い、いわばオーケストラのように組織全体が調和して動いていくのが理想です」(一條氏)
この実践において、重要な役割を果たすのがミドルマネジメントだ。フラット化の進んだ組織であっても、トップと現場社員との間には一定の距離がある。トップが将来のビジョンを示しても、現場社員が日々見ている風景とはおのずとギャップが生じる。そこでミドルマネジメントが、ビジョンの背景にある経営者の想いや意図を理解したうえで、現場が実行しやすい言葉に置き換えて伝えていく。同時に現場の声を吸い上げ、経営層に伝え、現場理解をサポートする。このようにミドル層が主軸となるマネジメントスタイルは「ミドルアップダウン」と呼ばれる。
ただ、近年の日本企業ではミドル層が弱体化している実態がある。長時間労働の是正や1on1を通じた部下の支援など、さまざまな取り組みがミドル層に集中し、負担が増している。その結果、本来期待されるミドルアップダウンが十分に機能しなくなっている。
「この状況を打開するうえで、AIが大いに活躍するものと期待しています。ミドル層に過度に依存していた業務をデジタル化・AI化することで負荷を減らせば、ミドルアップダウンに集中できるようになるはずです。ミドル層の活力が発揮できれば、経営トップと現場が連動する経営が実現し、生産性の向上はもちろん、組織全体の活性化にもつながります」(一條氏)
こうして経営陣と現場が共振・共鳴する経営を実践し、対話型の組織風土を醸成していくことは、環境変化に柔軟に適応する“ レジリエントな組織づくり”にもつながる。そもそもレジリエンス(弾力性、回復力)やアジャイル(俊敏性)といった組織特性は、制度設計や組織変更だけで備わるものではないという。
「重要なのは、状況を迅速に見極めて、自社の強みや資源を柔軟に組み替えられるようなマネジメントのあり方です。そのためにも、経営陣と現場、それをつなぐミドル層がパーパスや危機感を共有し、連動していくことが欠かせません。このような動的なマネジメントが組織全体に浸透していれば、俊敏性は高まり、危機的な局面においてもしなやかに適応できるはずです」(一條氏)
経営者こそリスキリングが必須
予測不能な今こそ真の経営者の時代
今後は経営者自身のリスキリングもますます重要になると一條氏は話す。
「例えば、ごく数年前まで地政学は経営者教育とは無縁でしたが、今では地政学的な事象が企業活動に大きな影響を及ぼしています。地政学を理解せずに経営を行うことは不可能といってよいでしょう。経営者は常に学び直し、新たな知識を身につけ続けなければ、急速に変化する世界に対応できません。経営トップが率先して学び続ける姿勢を示せば、社内にもその重要性が伝わります」
より根本的にいえば、日本企業は「経営者教育」全般を見直していく必要がある。日本企業では多くの場合、事業担当者の延長線上に経営者を据えてきたため、真の意味での経営者教育を十分に行ってこなかった。
「部長職の延長線上に執行役員はなく、執行役員の延長線上にCXOはありません。部長が執行役員になるにも、執行役員がCXOになるにも、リーダーとしての飛躍的な成長が求められます。予測不能な変化が続く今こそ、真の経営者の時代であることを経営層も人事部門も強く認識し、経営者育成の仕組みを抜本的に見直す必要があります」(一條氏)
AIと人間の知を両立する「新・両利きの経営」へ
最後に、AI時代を踏まえて一條氏が提唱する「新・両利きの経営」の概念と、その実践のために経営リーダーが重視すべき「人間による知識創造」について聞いた。
いまや企業がAIを積極的に活用し、効率性と創造性を飛躍的に高めていくことは必須といえる。しかし、それと同時に忘れてはならないのが、人間自身による知識創造の重要性だ。
「知識は『暗黙知』と『形式知』から成り立っており、あらゆる知識は暗黙知から始まります。少なくとも現時点において、それを生み出せるのは人間だけです。人間が経験を通じて暗黙知を獲得し、それを形式知に転換するプロセスがあって初めて、AIが扱うデジタルの世界、すなわち形式知も進化します。AIの力を最大限に引き出すためにも、人間が主体的に暗黙知を豊かに育んでいくことは大切です」(一條氏)
一條氏は、人間の直観や暗黙知による創造性と、AIによる形式知の効率化を両立させる経営スタイルを、「新・両利きの経営」と位置づける。知の深化と知の探索を両立させる「両利きの経営」に倣った表現である。AIと人間、それぞれの知の強みを連動させた企業経営を実践することが、これからの時代の必然だという。
そもそも、AIがすべてを解決できるわけではないという認識は重要といえる。特に「正解が存在しない問い」に答えることは不得手である。だが往々にして、人間社会において真に重要なのは、正解のない問いだ。「50年後、100年後の日本はどうなるのか」「自社はその未来にどう貢献したいのか」。こうした問いには、人間が主体的に試行錯誤を重ね、直観を磨きながら答えを見いだしていくしかない。
「直観は、良質な経験に基づいて磨かれていきます。自ら多様な経験を積み重ね、主体的に試行錯誤を繰り返すことが不可欠です。その重要性を社員に伝え続けることは、企業の重要な役割だと思います。経験を豊かにしなければAIを十分に活用することもできません。人事部門も経営者も、AIの専門知識の習得だけでなく、人間自身の経験・直観・行動・観察・対話の大切さを社員に伝えていくべきです」(一條氏)
直観を磨くためには、日常の行動や経験だけでなく、本質を見極める努力も求められる。その意味で、時代を超えて価値を持ち続ける「クラシックス」に触れることも重要だ。書物や美術などに描かれる人間普遍の感情や本質に触れることは思考力や洞察力を深め、経験から学ぶ感度も高める。
こうした学びの機会は、単なる研修型の人財育成にとどまらない。企業が積極的に提供し、社員が主体的に取り組むことでこそ、人間性を豊かにし、直観を磨き、新たな暗黙知を形成することにつながる。
「日本にいてもワールドカップで戦うような意識を持ち、世界で何が起きているかを知ろうと日常的に努力するだけでも視野は広がります。こうした機会を企業が提供していくことも必要でしょう。人間性を豊かにし、直観を磨き、暗黙知を新たに生み出していくために不可欠です」(一條氏)
前述のように、学ぶ姿勢を示し続けるのも経営者の役割だ。学びと経験の価値を示しながら、社員とともに未来を切り拓くリーダーシップを発揮していくことが求められるのだろう。
Profile
一條和生氏
一橋大学名誉教授
IMD(国際経営開発研究所)教授
経営学博士
一橋大学大学院社会学研究科、ミシガン大学経営大学院卒、経営学博士。一橋大学大学院社会学研究科教授、経営管理研究科教授を歴任。知識創造理論に基づいて、リーダーシップ、企業変革に関する教育・研究を進める一方、一流企業のリーダーシップ育成プロジェクト、コンサルティングに深くかかわる。そのエグゼクティブ教育が評価されて、同分野では世界トップと評価されているビジネススクールIMDの教授に日本人として初めて就任し(2003年)、2022年4月1日から再びIMDのフルタイム教授に復帰。株式会社シマノ、ぴあ株式会社など、数社の社外取締役、アドバイザーも務める。