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日本に親しみを抱き、人を大切にする国
―セルビアに見る働き方―

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2026.09.01
日本に親しみを抱き、人を大切にする国―セルビアに見る働き方―

東南ヨーロッパのバルカン半島中部に位置する内陸国セルビア。日本への親しみが強く、日本政府の開発協力や日系企業の進出も進むことで、両国は良好な関係性を築いている。今回は、そんなセルビアの産業構造や人々の価値観、働き方などについて、JICA(国際協力機構)のバルカン事務所で働く山下契(ちぎる)さんに話を聞いた。

激動の歴史を経て経済成長、EU加盟を目指す

――セルビアの産業や経済の特徴について教えてください。

製造業や鉱業、農業に加えて、急速に成長するIT産業が経済のエンジンになっています。製造業では海外企業の誘致が進んでおり、特に、欧州市場向けの自動車部品の製造拠点が集まっています。銅や金、リチウムなどの鉱業資源も豊富です。また、農業の分野ではラズベリーやストロベリーが主に冷凍品として多く輸出されています。あまり知られていませんが、セルビアワインは安くておいしいんですよ。

EU(欧州連合)加盟を最優先の政治目標に掲げていますが、中国やロシアとも友好関係を保っています。中国企業による大規模インフラ建設事業の受注も多いですし、中国との貿易も拡大し続けています。

2008年のリーマン・ショック、2009年以降の欧州債務危機、2020年のコロナ禍などの影響を受け、経済が停滞した時期もありますが、2018年以降は年平均4%程度の成長を続けています。国民1人当たりのGDPはこの10年で約2倍に伸びています。経済成長に伴って物価も上昇しており、日本と同じか、日本より高いくらいの感覚です。円安の影響もありますが、例えばマクドナルドでランチをすると1500円程度、スーパーでサンドイッチを買うと500~700円程度になります。

開発が進むサヴァ川沿いのベオグラード・ウォーターフロント 開発が進むサヴァ川沿いのベオグラード・ウォーターフロント
写真提供:山下契さん

――歴史的な困難を経験していますが、人々の暮らしや価値観にそうした影響は感じますか?

1990年代初頭のユーゴスラビア崩壊の激動を経て、2006年にセルビア共和国が成立し、現在に至っています。セルビア共和国としての歩みは、まだ20年ほどです。普段生活をしていると、その激動の時代が残した爪痕はほとんど感じません。ですが、身近な人から個別に話を聞くと、「軍の施設にミサイルが着弾するなかで、勉強したり友達と遊んだりしていた」「生き延びるために家族を海外に亡命させて今も親戚が海外にいる」という人も多く、壮絶な経験をしたのだと実感します。一方で、そこから経済復興を遂げ、現在では中進国になっているのは、大きな努力の積み重ねだと思いますし、人々のたくましさを感じます。

日本の「カイゼン」活動を取り入れる

――山下さんは2024年9月からセルビアで働かれているとのこと。文化や人々の価値観について驚いたことや、生活しながら感じる日本との違いはありますか。

今は家族と一緒にセルビアで暮らしていますが、とても住みやすく人がやさしい国だと感じます。娘と一緒に外出すると、バスで席を譲ってもらえたり、道路を渡るときに車を停めてくれたり、お店でおまけをしてくれたり、すごく子どもを大事にする文化があります。子どもの誕生日パーティーがかなり大規模で、クラス全員を招待して映画館や遊戯施設を貸し切りにするのには驚きました。親同士も仲が良く、人間関係は日本よりずっと濃いという印象です。

また、セルビアの人はコーヒーを飲みながらおしゃべりするのが好きで、街のあちこちにカフェが多いですね。昼間にビジネスパーソン同士が、カフェで話をしているのもよく見かけます。

職場で驚いたのは、オフィスにお客様が来ると必ずドリンクを提供することです。こちらが官公庁を訪問しても、まずドリンクのオーダーを聞かれます。同じコーヒーでも、エスプレッソ、マキアート、アメリカン、セルビア・コーヒーと複数のメニューから選べることも多いです。私は最初、それが日本の昔のお茶くみの文化のように感じてやめることを提案したのですが、「大事な文化だから」と現地のメンバーに言われました。今はよくわかるのですが、まずはコーヒーを飲みながら関係性を構築してから仕事が始まるのがセルビア流です。たとえ会議が5分で終わっても、その後飲み終えるまで雑談を続けていますね。JICA事務所では、急須でいれた日本の緑茶を出していますが、セルビア人のお客様もよろこんでくださいます。

セルビア人はとても親日的で、日本に好感を持っている人が多いのも特徴ではないでしょうか。日本の武道が人気で、街のあちこちに柔道、空手、剣道、合気道などの道場があります。その一方で、日本ではセルビアについてまだあまり知られておらず、そのギャップは少し残念に感じます。

――日本の企業やサービスはセルビアに進出していますか。

日本企業は多いとはいえませんが、トーヨータイヤ、ニデック、JFE商事など自動車部品関連の企業などが進出しています。残念ながら、日本の外食産業や小売業の進出はありません。日本食、日本製品の人気は非常に高いので、進出すれば、きっとヒットすると思います。

セルビアは国民の平均年齢が44歳で、欧州諸国のなかでも高い方です。理由の一つは、若者が国外に出て行っていることです。より良い給与を求めてEU加盟国に出て行くケースが少なくありません。出生率も低下しているといわれており、今後、日本同様に少子高齢化が問題になってくる可能性があります。だからこそ、それぞれの経験や知見を持ち寄りながら、共通の課題に対して、ともに具体的な解決策を模索していくような協力関係を築いていけたらと考えています。

――JICAが実施している事業について教えてください。

JICAは日本の外交政策に基づいて、開発途上国の経済社会開発の促進に協力しています。バルカン事務所は、セルビアをはじめアルバニアやボスニア・ヘルツェゴビナなど6カ国を含む西バルカン地域を協力対象国としており、各国の優先政策となっているEU加盟と、各国間の協力を促進することを重点に活動をしています。この地域は紛争の歴史があり、まだ良好な関係性を築けていない国同士も存在します。そのため、各国が一緒に取り組める分野を選び、民間セクター支援、環境、防災など、各国が協力しないと解決できない課題に力を入れています。分野選定においては、日本の経験や知見が生かせるか、あるいは協力の成果を日本の課題解決にも生かせるかを重視しています。

その代表例の一つが観光分野の協力です。西バルカン地域の各国の観光地の知名度は高いとはいえません。そこで、複数の国を周遊できる広域ツアーを一緒に企画し、観光客を呼び込む取り組みを進めています。それぞれの国の経済に貢献するだけでなく、協力して観光開発に取り組むことで、国同士の関係改善、さらには日本の企業や旅行者にとっても新たなビジネスチャンスや文化交流の機会を広げるきっかけになることを期待しています。

もう一つが、中小企業振興です。セルビアも日本と同様に中小企業が多く、中小企業を強くすることが国全体の成長につながっていきます。2006年からセルビア開発庁と協力して、日本の経営指導員制度をアレンジしたメンター制度の構築に取り組んできました。日本の専門家がセルビアに来てアドバイスをしたり、セルビアのメンターが日本に来て経営指導員から学んだりする活動を行ってきました。協力開始から20年経ち、セルビアのメンターも育っており、5000近い中小企業にメンタリング・サービスが提供されました。このサービスを活用して企業の業績が伸びた事例も増えてきています。

最近では日本の製造業から始まった「カイゼン(改善)」活動が注目されています。前述のメンター制度を活用して、カイゼンを企業に指導できる人財の育成も進めています。日々の小さな工夫を現場の働き手全員で積み重ねて経営効率を高める――こうした日本発の経営管理手法が、セルビアの中小企業の現場に導入されています。

セルビア開発庁の職員やメンターはすごく勉強をしていて、カイゼン活動について日本人より詳しいくらいです。日本への親近感と「日本から学びたい」という思いが強く、このメンター制度とカイゼンの取り組みは、セルビア国内に定着しただけでなく、周辺国がセルビアから学ぶようになっており、西バルカン地域の各国間の協力に発展しています。

JICAとセルビア開発庁の中小企業振興プロジェクトで、セルビア人メンター向け研修を実施。日本の知見・技術を共有 photo: Development Agency of Serbia JICAとセルビア開発庁の中小企業振興プロジェクトで、セルビア人メンター向け研修を実施。日本の知見・技術を共有
photo: Development Agency of Serbia

政界でも女性が活躍、互いに助け合う文化

――セルビアの企業や、ビジネスパーソンの働き方にはどんな特徴がありますか。

労働時間や労働環境は、日本と大きな違いはないと感じます。セルビアでもコロナ禍以降、多くの企業で在宅勤務を導入しています。やるべき仕事があれば残業もしますが、基本的にはみんなワークライフバランスを大事にしながら働いているので、夕方の公園で子どもと遊んでいる男性の姿もよく見かけます。

小さな子どもがいても働くのが当たり前で、女性が働きやすい環境も整っています。JICAバルカン事務所で働くセルビア人メンバー6人のうち5人が子育て中の母親です。子どもが熱を出せば当たり前のように周囲がフォローしますし、大変なときはお互いに助け合おうとする意識を感じます。

日本と比較して政界にも女性が多いです。31人の閣僚のうち9人が女性で、JICA事業で関わることが多い鉱業・エネルギー大臣や経済大臣も女性です。国会議員選挙や地方選挙においては候補者名簿の少なくとも4割を女性にするクオーター制が導入されており、実際に女性議員比率も高水準です。

人間関係を大切にする文化はビジネスにも色濃く表れます。新しいプロジェクトの受注や就職では、人脈も大きな意味を持つようです。ソフトウェア開発は高収入で人気の職種ですが、海外に移住したセルビア人とのネットワークを通じて、アメリカなど他地域の案件を受注し、時差を生かして効率的に開発を進めるといったビジネスモデルも一般的になりつつあると聞きます。一方で、若者の流出や政府主導の大規模インフラ事業によって労働力不足が深刻になっています。建設現場やサービス業などでは、ネパールやインドなど南アジアからの労働者が増えてきました。2022年以降はロシア人ITエンジニアも急増しています。政府は労働許可申請手続きの効率化などを通じて外国人労働者受け入れを後押ししています。

JICAバルカン事務所のメンバー JICAバルカン事務所のメンバー
写真提供:山下契さん

――人生における仕事の位置づけや働くことに対する価値観はいかがですか。

多様な価値観が存在していると感じますが、その中でも「意味のある仕事をしたい」「やりがいを感じたい」という気持ちは共通していて、その感覚は日本と大きく変わらないように思います。激動の時代を経験した40代以降の世代は、苦労してきた分だけ安定を重視する傾向が感じられます。EU加盟国や日本の外資系企業は待遇が良く、福利厚生も充実していると認識されており、人気があります。

若い世代ではアメリカやEU加盟国に出て給与の高い仕事に就きたいと考えている人も多いですね。ITや経営、プロジェクト管理に関する資格や学位を取得するなど、労働市場における自分の価値を高めようと努力する若者も多いです。ITベンチャーなど小さくても成長が見込める企業を選んだり、自ら起業したりする若者も増えているようです。

親日国で人のやさしいセルビアに、もっと注目してほしい

――セルビアの教育に関して特徴的なことはありますか。

セルビアでは小学校は8年制です。言語の教育に力を入れていて、小学1年生から英語教育が始まります。5年生からは第2外国語も必修となり、ドイツ語、フランス語、ロシア語、スペイン語、イタリア語などから選びます。こうした早期からの多言語教育が、将来のグローバル人財育成につながっていると感じます。

また、首都ベオグラードなど主要な都市では、外国企業の進出や外国人労働者・移住者が多く、日常生活のなかで海外の人と接する機会は日本よりもずっと多い印象です。店舗のスタッフやタクシー運転手は、ほとんどの人が英語で簡単な会話ができます。字幕放送される映画やテレビ番組で英語を勉強した、という人も多いです。

8年間の小学校を卒業した後は、進学先として、普通科高校と、経済や法律、医療、電気工学など就職に直結する専門技術を学ぶ職業高校の2つの系統に分かれます。大学進学率はEU加盟国よりやや低い水準になっています。

――DXやAI活用は進んでいますか。

ITは政府もかなり力を入れて取り組んでおり、行政手続きのデジタル化やAI国家戦略の実行を推進する首相直轄の行政機関も設置されています。IT教育は小学校から始まりますし、IT人財も育っています。また、IT産業を中心とするスタートアップを育成し、産学連携を促進する拠点としてサイエンステクノロジーパークが各地に整備されました。JICAがセルビア政府と協力して実施しているプロジェクトでも、中小企業のDX支援やAIスタートアップの成長支援のために日本の成功事例や教訓を教えてほしいといった要請を受けることが多いです。

2020年にOECD(経済協力開発機構)が事務局となり立ち上がった国際的な枠組み「GPAI(Global Partnership on AI)」にも参加しており、セルビアは2024年のGPAIサミットの開催国としてGPAIベオグラード閣僚宣言を取りまとめたほか、2025年にはGPAI議長国を務めました。国際社会のなかでも積極的に役割を果たそうとする気概を感じます。

――改めて、山下さんが考えるセルビアの魅力は何だと思われますか。

やはり人のやさしさと、日本に親しみを持ってくれているところが魅力だと思います。2003年に日本の復興支援の一環としてベオグラード市にバスを93台寄贈したんです。セルビアと日本の国旗がペイントされたバスが20年使われて、2023年に引退したのですが、私が日本人だとわかると、何人もの人が「日本のバスで学校に通っていたよ」「日本のバスで通勤していたよ」と声をかけてくれます。

2023年の引退まで、ベオグラード市内で市民を乗せて走った日本寄贈のバス 2023年の引退まで、ベオグラード市内で市民を乗せて走った日本寄贈のバス
photo: JICA/Shinichi Kuno
日本から寄贈したバスの引退式(25年3月開催)でバス内に飾られた小学生の絵 日本から寄贈したバスの引退式(25年3月開催)でバス内に飾られた小学生の絵
写真提供:山下契さん

日本の協力の一つひとつに対して、本当に大きな反響と感謝が返ってくるのはとてもうれしいですね。日本に対するネガティブな評価はほとんど聞いたことがありません。「日本から学びたい」「日系企業で働きたい」と言ってくださる方も多く、むしろこちらの身が引き締まる思いになります。

人財のスキルレベルも高く、ITやスタートアップ、観光など、日本と共創できる素地はビジネス面でも確実にあります。ぜひ日本の企業にも、この知られていない親日国セルビアに、もっと目を向けていただけたらと思います。

Profile

山下契(ちぎる)氏

山下契(ちぎる)氏
JICA バルカン事務所 所長

2004年にJICAに入構。教育やガバナンス、平和構築などの分野を中心に、開発途上国の経済社会開発を促進する国際協力プロジェクトを担当してきた。海外駐在は、インドネシア、アフガニスタンに続いてセルビアが3カ国目。2024年9月からバルカン事務所勤務、2025年11月から同事務所所長。