VOL.45 特集:ダイバーシティを実現させる「イクボス」という経営戦略

Case Study1 収益向上とワークライフバランス両方を実現した"元祖イクボス"

「私がイクボスを推進するのは、仕事と育児、プライベートなどを両立することで社員の能力とモチベーションが向上し、結果として会社の収益性もアップするからです」

そう語るのは、"元祖イクボス"として知られる三井物産ロジスティクス・パートナーズ社長の川島高之氏だ。川島氏は子どもが生まれた33歳のときから妻と育児をシェアし、毎朝食事を作って保育園へ送り迎えをする"イクメン"だった。
「残業しなくなり、勤務時間は3分の1ほど減りました。でも勤務時間が減ったからといって成果を落とすわけにはいきません。むしろ、会社に長くいていつでも対応してくれる人のほうがどうしても評価は高くなりがちなので、私はその人たちの倍の成果を出すことを目標にしました」
これを実現するために、通常は顧客の元へ3回通って了承を得るところを、事前に綿密な商談の戦略を立て、1回でまとめるようにするなど"1回集中型"の仕事スタイルに変更。移動時間や子どもをあやしながら資料を読んだり勉強したりと、"すきま時間"も徹底活用したという。

三井物産ロジスティクス・パートナーズ株式会社
代表取締役社長
川島高之 氏

30代後半になると育児は落ち着いたが、少年野球のコーチやPTA会長など趣味や地域活動といったプライベートを重視する働き方を継続。一方、社内では中間管理職になり、部下の働き方を考慮する"イクボス"となっていく。
「管理職として重要なことは、部下が持っている能力を最大限発揮してもらうことです。そのためには、部下に明確なゴールや役割を与え、できるだけ任せて、口出しはしないこと。そうすると、部下は自分で仕事のまわし方を考えるし、時間もコントロールできるようになる。合意形成のもと裁量を委ねることで、主体的に効率よく仕事ができるようになるのです。夕方以降はメール禁止などの課内ルールを作り、早く帰れるようになりました」

そして2012年に親会社から出向して現職に。当時社内は深夜遅くまでの残業や休日出勤は当たり前、会議も長く、すべて上司にお窺いを立ててから物事を進める、いわゆる日本的な組織だった。そこで川島氏は「働き方改革」に乗り出した。
「まずは社員の意識改革から始めました。いきなり制度だけ導入すると、子育て世代と中高年以上の世代が対立してしまう可能性が高いからです。上の世代も含め、皆がプライベートを充実させながら成果も上げたいと思える"モチベーションの全社的共有"が先決だと考えました」

川島氏は、社員一人ひとりとランチ会などで積極的にコミュニケーションをとり、その際、仕事の話はせず、自身の家庭や趣味、地域活動の話をし、社員からもプライベートについて話を聞いた。こうして半年から1年ほどかけて、徐々にワークライフバランスの意識を社内に浸透させていった。
「次に、『勤務時間を3~4割減らし、同時に業績はアップさせるためにはどうすればいいか』を社員自らに考えてもらいました。すると、フレックスタイム制やアニバーサリー休暇などの制度を提案してくれたので、これらを導入しました」

制度だけでは足りないと考えた川島氏は、社内会議、社内資料、社内メールという3つの"時間泥棒"を削減できないか提案。制度導入とともに、これらのムダを排除していった。

「社員は育児や趣味、地域活動など仕事とは違うことに時間を使うことで、視野が広くなり、考え方も多様化。人脈も広がって、ビジネスパーソンとしての能力や創造力も高まりました。結果として会社の収益性が向上し、株価もアップ。社員にとっては、早く帰れて給料も上がるからやる気が高まり、また成果が上がっていく。全員が休みを取る環境なので、"お互い様感覚"でカバーし合える。チームワークもよくなりましたし、離職率も低下。加えて労働災害やメンタルヘルスといった組織的リスクも軽減されました」

川島氏は「なぜイクボスを推進しないのか、そっちのほうが不思議」と言うが、多くの企業がやろうとは思っていても、なかなか踏み切れないのが現状だ。イクボスを社内に増やしていくためにもっとも大事なこととは何なのか。
「やはり、最後は経営トップによる強いコミットメントです。トップが『成果が同じなら残業しない人を評価する』『稟議や丁寧な社内資料はムダ』などと明言すれば、社内は一変します。人事担当者なら、イクボス推進は収益向上や優秀な人財獲得に直結すると、トップに提案してもいいと思います」

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