VOL.54 特集:2017年の雇用と労働

働き方改革、ダイバーシティの動向は?
キーワードで探る2017年の日本① 働き方改革

長時間労働の是正やワークライフバランスの推進など、働き方に関するさまざまな課題が改めて浮き彫りとなった2016年。雇用と労働を巡って、2017年はどのような変化が起きるのか。「働き方改革」「ダイバーシティ&インクルージョン」「テクノロジー」の3つの要素に注目し、今年の見通しと注目のキーワードを2人の識者に聞いた。

Theme 1 働き方改革

2016年はまさに「働き方改革元年」となった。政府も産業界も、積極的に働き方を見直し始めている。

「雇用問題は日本の産業構造や経営のあり方、各種の法制や社会保障制度、ライフスタイルなどにも深く関わり、あらゆる要素が影響し合います。中長期的な課題としてじっくり取り組んでほしい」

こう語るのは、企業統治、雇用システムを専門とする慶應義塾大学大学院商学研究科教授の鶴光太郎氏だ。

「例えば長時間労働の是正。過労死や過労自死が社会問題となり、労働者の健康確保のために何らかの規制が不可欠です。しかし同時に、日本で長時間労働が常態化してしまう構造的要因にも目を向けるべきです。企業としては、仮に好況期でもまったく残業が発生しないほどの従業員を雇うと、不況期には人余りとなり、人員整理が必要になります。これを避けるため、日本企業は従業員数を不況期に合わせた少なめの人数に抑え、好況期で仕事が多いときには残業して対応してきました。働く側は不況でもリストラされずに済むものの、好況期は少ない人数で長時間働くことになる。しかし、それが残業代として支払われるので、一種の生活保障としても機能していました。長時間労働はこうした仕組みとして組み込まれているからこそ、是正が難しいのです」

意識改革を促すような制度設計が求められる

長時間労働の対策として、終業から次の始業まで一定時間の休息をとることを義務づける「インターバル制」が挙げられる。残業をゼロにするのではなく、健康確保のために過度な長時間労働を防ぐ現実的な制度ともいえる。

「欧州ではすでに定着しており、EU(欧州連合)では、終業後11時間のインターバルを設けることを法律で定めています。日本の就業実態を考えても、7~8時間のインターバルであれば十分導入可能だと思います」

さらに労働時間を量的に規制するだけでなく、残業に対する金銭的なインセンティブを切り離す手段として、鶴氏は欧州で普及している「労働時間貯蓄制度」の意義を強調する。残業時間をためて休暇や時短に充てる制度で、すでにドイツでは従業員250人以上の事業所の約8割が導入済みだ。

「業種や職種によっては、どうしても残業が続く時期があります。インターバル制のように機械的に時間を区切るのではなく、働き手が任意の時期にまとめて休暇をとれる労働時間貯蓄制度の方が、柔軟性が高いといえます。残業分を金銭ではなく休暇で補償する考え方を定着させれば、長時間労働が常態化している日本の企業文化を変える契機にもなると期待しています」

労働問題・雇用制度改革に詳しい日本総合研究所調査部長でチーフエコノミストの山田久氏も、長時間労働是正には企業の意識改革が重要だと話す。

「日本では長時間労働は"会社への忠誠度"を示し、長く職場にいることを評価する企業風土があります。欧州ではまったく逆で、残業はしないのが当たり前。生活時間は労働者の権利だという発想が強く、残業時間を生活時間に置き換える労働時間貯蓄制度もその考え方に基づいたものです。意識改革の契機とする意味でも、前向きに取り入れていくとよいでしょう」

長時間労働の是正は、女性活躍のためにも必須であると山田氏は続ける。

「どんなに優秀でも、働きながら家事・育児をしている女性は“残業ができない”という理由で社内の評価につながりにくい面があります。しかし、前述のように欧州では男性も残業をしないので、残業できないことが女性の出世の妨げにはなりません」

そもそも日本ではホワイトカラーの比率が高まっているうえ、製造現場でも単純労働は少なくなっている。

「働く時間の長さではなく働き方の質、つまり『時間当たりの労働生産性』(図1)がパフォーマンスを左右する時代であり、長時間労働を評価するのは時代遅れ。限られた時間で仕事と家事・育児をこなす女性は、時間当たりの労働生産性がむしろ高く、それを評価する仕組みが必要です」(山田氏)

図1 各国の時間当たりの労働生産性比較(2015年・OECD調べ)

無限定正社員の見直しと限定正社員の普及が重要

鶴氏も山田氏も、「働き方改革の最重要ポイントは日本の無限定正社員システムの見直し」と断言する。具体的な施策として、両氏とも職務・勤務地・勤務時間のいずれかを限定した「限定正社員」の普及を促進し、働き方の多様化を進めることを挙げている(図2)。

「勤務地や勤務時間を限定すれば、子育てや介護と仕事を両立する手助けとなります。職務を限定すると、自分のキャリアプランに沿って専門性を伸ばせる利点もあります。2014年度に経済産業研究所が行った調査では、限定正社員は無限定社員に比べ、やや賃金は低いものの、労働時間が短く、満足度は無限定正社員とほぼ同じだということがわかりました」(鶴氏)

図2 限定正社員活用のメリットとポイント 職務限定正社員:医療福祉、金融、ITなど、高度専門的な職務において、プロフェッショナルとして成長していく人財として活用できる。 勤務地限定正社員:育児・介護による離職の防止。地域に密着した生産現場などで、技能の蓄積・承継が可能になる。 勤務時間限定正社員:育児・介護による離職を防止し、優秀な人財の確保に効果的。 無限定正社員から限定正社員へ“転換”する際のポイント 無制限の転換は人財育成投資に影響するので、企業ごとに転換用件、実施時期、回数制限などを制度化する。 就業規則などで転換を明確な社内制度として、周知を徹底。実施前に必ず本人の同意を得る。 キャリア形成やモチベーション維持の観点から、限定正社員から無限定正社員への再転換ができる仕組みを設ける。

欧州では新卒の段階から職務を限定して働くのが一般的だが、日本の新卒一括採用の枠組みの中では、それを取り入れるのは難しい。まずは無限定正社員の形で採用し、入社から一定期間を経過した段階で、従業員の資質やキャリアプランに応じて職務限定型などに転換していくのが現実的だという。

日本企業にとって、すべての社員に対し、定年までの雇用と年功賃金を保障する無限定正社員システムの維持は難しくなっている。無限定正社員システムを見直しつつ、社員がどこでも働ける人財になれるように、企業は今後キャリア意識を育むような人財育成に取り組んでいくことが重要になる。たとえ自社で育てた人財が将来転職をしても、彼らを外部人財として活用することもできる。

「これからは企業が社員に対し『雇用責任』ではなく、『キャリア責任』を負うべき時代。社員のあらゆる可能性を考慮し、一人ひとりのキャリア開発に今まで以上にコミットしていくべきでしょう」(山田氏)

慶應義塾大学大学院 商学研究科教授 鶴 光太郎氏

profile
東京大学理学部数学科卒業。オックスフォード大学 D.Phil.(経済学博士)。1984年に経済企画庁(現内閣府)入庁。OECD経済局エコノミスト、日本銀行金融研究所研究員、経済産業研究所上席研究員などを経て、2012年より現職。

日本総合研究所 調査部長/チーフエコノミスト 山田 久氏

profile
京都大学経済学部卒業後、1987年に住友銀行(現三井住友銀行)入行。経済調査部、日本経済研究センター出向を経て、93年に日本総合研究所入所。2003年、調査部経済研究センター所長。15年、京都大博士(経済学)。11年より現職。

VOL.54特集:2017年の雇用と労働

Introduction

Expert Knowledge

キーワードで探る2017年の日本
鶴 光太郎氏(慶應義塾大学大学院 商学研究科 教授)
山田 久氏(日本総合研究所 調査部長/チーフエコノミスト)