仕事の未来 人財 働き方 VUCA 時代に欠かせないセルフマネジメントの重要性と内省のポイントとは

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2020.12.16
VUCA時代に欠かせないセルフマネジメントの重要性と内省のポイント

「マネジメントの父」と呼ばれる経営学者ピーター・F・ドラッカーは、セルフマネジメントの重要性を説いたことでも知られている。
セルフマネジメントは、キャリア自律のためだけではなく、不確実性の高い環境下で個と組織がパフォーマンスを上げていくためにも重要だ。
自分の思考や感情、行動の背景を理解し、人生や仕事における選択肢を増やしていくにはどうすればいいのか。
「自己理解」を起点に、自分の望む結果を導いていくポイントとは何か。
クレアモント大学院大学ピーター・F・ドラッカースクール(以下、ドラッカースクール)のセルフマネジメント講座をベースにしたマネジメント研修プログラムを提供している、トランスフォーム合同会社共同経営者・稲墻聡一郎氏に、「ドラッカー流セルフマネジメント」の理念とメソッドについて聞いた。

すべてのマネジメントは「自己理解」から始まる

経営学者ピーター・F・ドラッカーは、次のような言葉を残している。

「まず自分をマネジメントできなければ、他者をマネジメントすることはできない」

一般に「マネジメント」というと、部下や同僚、組織など「自分以外のもの(他者)」に働きかけていく行動だと考えがちだ。しかしドラッカーは、マネジメントの起点を常に「自己理解」に置いていたという。

稲墻氏は次のように説明する。

「仕事でも日常生活でも、もし自分が望んでいない結果が起こってしまったとすれば、それが起きる前に私たちは何らかの行動をしていて、さらにその前には何らかの選択肢を見つけて無意識に選んでいるはずです。つまり、望まない結果が生まれた理由は、私たちの内面にあります。

だとすれば、自分の内面に意識を向け、思考・感情のクセや行動のパターンを深く理解することができれば、今まで見えていなかった選択肢に気づくことができます。選択肢が増えれば行動が変わり、結果も確実に変わってきます。自分の認識や行動の枠組みを変えることで、他者や社会に対する影響を変え、もともと自分が望んでいた結果に近づけていく。それこそがセルフマネジメントであり、ドラッカーのマネジメント論の基本となる概念です」

コロナ禍における現在のような不確実で不安定な環境では、セルフマネジメントの重要性がますます高まってくる。

「私はドラッカースクールの准教授であるジェレミー・ハンターとともに、新型コロナウイルス感染拡大以降、数千人もの方々と研修プログラム等を通じて接してきました。大多数の方々が強いストレスを抱え、不安や焦りなどを感じながら過ごされています。新しいチャレンジを始めている人もいますが、総じて精神的な疲れやストレスが慢性的に蓄積されています。

そういう自分自身の状態を、しっかりと認識することは本当に大切です。多くの人は普段、自分の外にあることにしか意識が向かないもの。でも、ひとたび自身に意識を向けてみると、いろいろな情報が内面からシグナルのように発せられているのです。そこに気づけるかどうかは、望む結果を導くための大きな分かれ目になります」

思い込みなどを自覚して意図と行動の整合性を取る

稲墻氏らが提供しているセルフマネジメントの研修プログラムは、さまざまな要素で構成されている。いずれも1日で終わるプログラムではなく、複数のセッションの間に1~2週間のインターバルを置く。各セッションで学んだことを日常生活やビジネスの中で実践してみることで、新たな気づきをほかの受講生と次のセッションで共有し、自己理解を深めていく内容となっている。

なかでも特徴的な考え方やメソッドは次の通りだ。

1日常の中の「瞬間」に意識を向け、内面の動きを感じ取る

当然ながら、私たちは瞬間の連続の中を生きている。そして、普段はなかなか気づきにくいが、その瞬間ごとに起こった感情や身体的な感覚が、無意識のうちに何らかの行動を導き、結果につながっているのだ。瞬間に起きていることは、3つの要素に分解できるという。

① 身体は何を感じているか(身体感覚)

「快(身体が軽い、頭がすっきりしているなど)」「不快(足がだるい、胃が痛いなど)」「どちらでもない」がある。

② どんな感情を抱いているか(感情)

「恐れ」「不安」などのネガティブ感情と、「安心」「感謝」「親しみ」などのポジティブ感情がある。感情は抑えるものではなく自然と出てくるものなので、ネガティブな感情も否定せず情報として認識して受け入れ、うまく扱うことが重要だという。

③頭の中にどんな考えやストーリーが浮かんでいるか(思考)

ここでいう思考とは、深い「熟慮・熟考」のことではなく、過去の体験や価値観を背景に、瞬間に思い浮かぶストーリーのことを指す。例えば「今ここでこのメニューを食べないと後悔するな」とか「面談予定のあの人には本当は会いたくないな」といったシンプルな思考だ。

瞬間に意識を向け、自分がどんな経験をしているのかを3つの要素に分解して認識することがセルフマネジメントの第一歩だと稲墻氏は話す。

「瞬間にはこの3つの要素が含まれています。ネガティブな感情に伴って身体的な不快感が起こるなど、それぞれが互いにリンクしていて、それが何らかの行動につながります。身体感覚・感情・思考に意識を向け、しっかり要素分解して認識してから行動するのと、曖昧なままで行動するのでは、結果が大きく違ってきます。プログラムではそれを体験して学びます」

もちろん、瞬間をいきなり意識するのは難しい。そこでまずは仕事や日常生活での出来事を思い返してもらうトレーニングを行っているという。

「例えば家庭でお子さんを怒鳴ってしまったとき、『どんなストーリーが自分の頭に浮かびましたか? 感情的にはどうでしたか? どんな身体感覚として表れましたか?』などと問いかけ、それを思い返したり書き出してもらうといった方法があります。そういったことの積み重ねを通じて、徐々に自分で瞬間を捉えることに慣れてもらいます」

2内面に目を向けやすい状態をつくる

われわれは常に安定してゆったりした心理状態にあるわけではない。神経が過敏になっていたり、イライラ感や警戒心、興奮状態が続いているような状態では、冷静に自分を見つめるのは難しい。逆に、活動のエネルギーが湧かず、人と会いたくない、外に出たくないといった無力感に支配されている状態でも、内省するのは難しくなる。

前者の状態は「過覚醒」、後者は「低覚醒」と言われ、いずれも人間の自律神経のうちの「交感神経」(活動・緊張・ストレスの神経)と、「副交感神経」(回復・休息・リラックスの神経)のバランスの崩れによって起こるという(図参照)。

レッドゾーン、ブラックゾーンにあることに気づき、グリーンゾーンに戻れるようにする

レッドゾーン、ブラックゾーンにあることに気づき、グリーンゾーンに戻れるようにする

「過覚醒は、交感神経が過度に働き、アクセルを踏み続けている状態。われわれはレッドゾーンと呼んでいます。これに対し、低覚醒はブレーキを踏みすぎてエネルギーが枯渇している状態で、ブラックゾーンと呼んでいます。どちらも人間の生存に必要な状態ですが、長く居続けるのは好ましくなく、セルフマネジメントも行いにくくなります」

大切なのは、自分の状態を認識したうえで、交感神経と副交感神経のバランスを最適な状態に戻していくことだ。この好ましい状態をレジリエンスゾーン(グリーンゾーン)と呼ぶ。

「お風呂に入るとか、美味しい食事をとるとか、散歩するとか、レジリエンスゾーンに戻る方法は誰にでもあるはずです。研修プログラムでは、自分がレジリエンスゾーンに戻るのはどんな時で、その際に身体感覚や感情、思考にはどんな変化があるか、何度も繰り返し意識するトレーニングを経験してもらっています。それによって自分の状態に気づきやすくなり、レジリエンスゾーンに戻る対策も立てやすくなるのです」

3意図と結果をつなぐために

最も重要なのは、以上のような知識やスキルを身につけたうえで、具体的に自分が望む結果を手に入れるためのプロセスだ。ここでは「意図(Intention)」と「結果(Result)」の関係をマッピングしていく。

「第1段階として、『自分が望んでいない結果』を思い浮かべて、その結果が出る以前にどのようなプロセスを巡っていたかを見直し、望んでいない結果を自分自身がなぜ生み出しているのかを明らかにしていきます。次に第2段階として、自分が本当に望んでいる結果からスタートして、そこに至るために必要な選択肢を考えていきます」

具体的な例として、A氏の実体験をもとに「意図」と「結果」の関係を見ていこう。

「彼は『長く健康な人生を送る』という望む結果があるにもかかわらず、太りすぎを医師から指摘されていました。その原因は、出張が多く旅先ではいつもより多く食べてしまうという行動があり、その背景を突き詰めていくと『その土地の食べ物との出会いは一期一会。あのとき食べておけばよかったと後悔したくない』といった感情や、『日本のヘルシーな食べ物はカロリーがない』という思い込み(思考)があったと言います。そういう思い込みも含めて冷静に分析したうえで、本当に望む結果のために思い込みを改め、行動を見直した結果、彼の体重は減り、健康な状態になったといいます」

稲墻氏らの研修プログラムでは、最初はこのような身近な例を用いて、「意図」と「結果」の関係の洗い出し方やセルフマネジメントの実践法をアドバイスしている。そして別の応用プログラムでは、転職や結婚、転勤や留学といった目に見える大きな変化に伴って起きるトランジション(自分の内面的な進化)にどのように対応していくか、1人ひとりの実際のライフイベントや自分自身のパターンに照らしながら学んでいくという。

「例えば転職のような大きな変化を経験すると、自分のアイデンティティが揺らぎ、それまで大切にしてきた価値観が機能しなくなる場面が訪れます。自分のアイデンティティを会社と結びつけすぎているケースが多いからです。アイデンティティをあらためて見直し、機能しなくなった価値観をどう手放し、自分なりに試行錯誤をしながら、新しい価値観を獲得していくにはどうしたらいいのか、自分の可能性はどのように広がったのかを、自ら実践を繰り返すことで自覚していくプログラムを提供しています」

セルフマネジメントは思考や行動のOSのようなもの

以上見てきたセルフマネジメントのメソッドは、やや難解に感じるかもしれない。しかし実際には身につけるのに特別な素養は必要なく、誰でも身につけられる「スキル」であると稲墻氏は強調する。

「セルフマネジメントは、自分の感情や身体の状態をよりクリアに認識し、継続的にパフォーマンスを上げるための必須のスキルだと考えています。スキルである以上、トレーニングによって誰でも実践できるようになります。しかもひとたび身につければ、自分の価値観や行動を支えるOS(基本ソフト)になります。

習得に一定の時間はかかりますが、具体的に結果を変えるためのプロセスを学ぶプログラムなので、実際にやってみると、必ず楽しい変化が起こります。これを身につけることで、ストレスフルな状況も、より主体的に乗り切ることができます。ぜひその大切さを多くの方に体感いただきたいです」

Profile

稲墻聡一郎氏

稲墻聡一郎氏
トランスフォーム合同会社 共同経営者

大手IT企業、ベンチャー企業役員、起業を経て、2015年から2年間、Drucker School of Management(通称ドラッカースクール)に留学。セルフマネジメント理論の研究者でドラッカースクール大学院の准教授でもあるジェレミー・ハンター博士、卒業生である藤田勝利氏とともに、セルフマネジメントをベースにしたマネジメントプログラムを提供する「Transform」を2018年設立。