組織 人財 真のリーダーに求められる資質とセンス、その育成

  • このページをFacebookでシェアする
  • このページをTwitterでシェアする
  • このページをLinkedInでシェアする
2019.07.12

「良し悪しよりも好き嫌い」「スキルよりもセンス」。
ユニークな表現で独自のリーダー論を提唱するのは、競争戦略研究の第一人者で、ベストセラー『ストーリーとしての競争戦略』の著者である一橋大学大学院教授・楠木建氏だ。
これからの時代のリーダーに求められる資質やその育成について語っていただいた。

──経営環境の変化に伴い、求められるリーダー像が変化しているといわれていますが、どうお考えですか。

リーダーシップの本質は、今も昔も変わっていないというのが、僕の考えです。リーダーシップが変わったというより、時代背景により、真のリーダーシップが当たり前に求められるようになったということではないでしょうか。

リーダー像は、「三角形のリーダー」と「矢印のリーダー」の2タイプに大別できます。あらゆる企業は、階層的な権限配置の組織構造を形成しています。最近は組織のフラット化が進んでいるといわれますが、シリコンバレーの先端企業ですら、権限の階層性があることに違いはありません。

そのなかで、より高いポストを求めてキャリアを重ね、やがて三角形の頂点に立つ。その地位にいることが人を動かすパワーの源泉となっているのが、「三角形のリーダー」です。

しかし、僕にいわせれば、「矢印のリーダー」こそが真のリーダー。自分たちがどんな商売をしてどう稼いでいくのか、戦略ストーリーをつくってそれを周囲に浸透させ、人と組織を動かしていく。向かっていくべき方向性を指し示すのが「矢印のリーダー」です。

あらゆる国・地域は、高度経済成長期を経験します。経済成長期は、ビジネスにとっては極めて有利な期間であるものの、一方で企業の経営規律を弛緩させてしまう面があります。

すなわち、かつては地位のパワーだけで人を動かす「三角形のリーダー」でも、企業を運営する形として成り立っていました。しかし、すでに日本は高度成長期という例外期間を終え、成熟期に入っているにもかかわらず、かつての時代の気分を引きずってしまっている人が少なくない。

この20~30年、本来の「矢印のリーダーシップ」の発揮がずっと求められていることに気づくべきです。

──ご著書などで、「リーダーに必要なのは『スキル』ではなく『センス』である」と強調されています。
スキルとセンスを対比する意図はなんでしょう。

スキルの積み重ねだけでは本当の意味でのリーダーにはなれないということを認識してほしいからです。

企業組織とは分業の体系であり、「営業」「経理」「マーケティング」といった機能に分解され、所属する人々がそれぞれ担当した役割を果たします。そこで求められるのは「スキル」です。

例えば法務の知識や経理処理の実務に長けているなどのことですね。リーダーの必須要件と思われがちな「プレゼンテーション」や「ロジカルシンキング」なども重要ではありますが、あくまでスキルにすぎない。スキルによって自分に与えられた役割をこなしている人は、代表取締役とかCEOという肩書きがあったとしても、「担当者」であって、「リーダー」ではありません。

逆にどんなに小さな店舗の店長であっても、与えられた役割の範囲をはるかに超えて、商売丸ごと全部の責任を背負って働いているような人や、「自分たちは本質的にどんな価値を提供して、どう儲けるべきか」という戦略ストーリーを魅力的につくり上げることができる人は、立派な「リーダー」であり、「経営者」といってよい。そのような人財の資質を特徴づけているのは、その人独自の「センス」としか呼べないものです。

──企業としては、そのようなセンスを持った真のリーダー、「矢印のリーダー」を育成するにはどうしたらよいのでしょうか。

スキルについては標準的な育成メソッドが確立されているので、正しい方法の選択と努力の投入によってほぼ必ず習得できますが、センスを身につける標準化された方法はありません。

だからこそ、リーダーを担える人財が希少なわけです。方法がないものが実は一番大切なのであって、今の時代は「ノウハウ」や「ソリューション」を安易に求めすぎだと個人的には思っています。

ただ、「すべてはセンスだ」というと話が終わってしまいますね。ヒントを挙げるとすれば、「リーダーを育てることはできないが、自ら育つ」ということでしょう。

結局センスを磨くのは、リーダーとしての実経験や疑似的経験を積み重ねるしかありません。どんなに小さくてもいいから、リーダーとしての戦略や責任、センスが求められるような仕事の単位をつくって、なるべく早い段階から任せるべきです。

──楠木先生も、リーダーが自ら育つ場を目指したフォーラムを主催していたそうですね。

はい。僕自身は、ビジネススクールで次世代のリーダーたちを教育する立場ですが、優れた経営者たちのように、自分の背中でセンスを語れるわけではなく、リーダー育成の難しさにジレンマを抱えていました。

そこで自ら育つ土壌をつくろうと、独自のフォーラムを3年ほど主催していた時期があります。僕の目から見てセンスの良い戦略でビジネスをしているなと感じる約20社の経営者に、自社の有望なリーダー人財を選んでもらい、彼ら彼女らを集めて、自分の戦略構想をプレゼンテーションする場をつくったのです。

カラオケというサービスが生まれてから、日本人は歌がすごくうまくなりました。人前で歌う機会が増え、センスが磨かれたからです。それと同じで、人前で戦略構想を披露し、「自分だったら、こういう戦略にするよ」と互いにコメントし合う。センスを磨くための、いわば「戦略のカラオケ」です。リーダー人財が自ら育つ疑似的経験の場として、大きな成果を上げました。

現在は一橋ビジネススクールにおける上級管理者向けMBA(Executive MBA)のカリキュラムで同じようなことをやっています。企業としても、育つ土壌をいかに人為的に用意するかは、重要な課題といってよいでしょう。

──個人として、真のリーダーシップにつながるようなセンスを磨くために求められることは何でしょう。

自分の「好き嫌い」に対する洞察を深め、それを仕事のなかで突き詰めていく姿勢が大切だと思っています。

英語力におけるTOEICの点数のように、スキルは客観的なモノサシで測れますが、センスはその人に内在する固有のもので、共通のモノサシがない。センスの根底にあるのは、その人にとっての「好き嫌い」です。ビジネスにおいては「良し悪し」が優先され、「好き嫌い」が劣後しがち。もっと「好き嫌い」を重視すべきです。

もちろん「音楽が好き」「スポーツが嫌い」といったレベルの好き嫌いだけでは仕事にはつながらない。好き嫌いを抽象化して、自分の好き嫌いを深いレベルで理解することが必要です。

「ユニクロ」を展開するファーストリテイリングの会長兼社長である柳井正さんは、もちろん洋服そのものもお好きなのでしょうが、彼の「好き」の本質は別のところにあります。それは自分の設計した仕組みのもとで商売が成功し、劇的に拡大していく。その現象を生み出すのが好きで、それを洋服という商売で追求していった。

そんな彼だからこそ、同業他社がファッション性を提案するのとは全く違って、着心地や機能性の追求を通じて人々の生き方を豊かにしていく「ライフウエア=究極の日常着」という独自のコンセプトが生まれたのでしょう。

僕の専門分野である「競争戦略」とは、競争相手との違いをつくることです。共通のモノサシで測れるような優劣を競うのではなく、モノサシが役に立たないような質的に全く異なる違いを生み出すことが重要。その起点になるのも「好き嫌い」なんです。

自分の好き嫌いのツボみたいなものを知ることは、仕事をしていくうえでとても大切です。センスを磨くことに定型的な方法がない以上、自分なりに試行錯誤や努力を積み重ねるしかありませんが、好きなことであれば努力を続けられるでしょう。そのプロセスのなかで、「矢印のリーダー」につながるようなセンスが自然と磨かれていくのだと思います。

Profile

楠木 建氏
一橋ビジネススクール 国際企業戦略専攻(ICS)教授

1992年、一橋大学大学院商学研究科博士課程修了。
一橋大学商学部専任講師、同大学同学部助教授、同大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、同大学大学院国際企業戦略研究科准教授を経て、2010年から現職。
著書に『「好き嫌い」と才能』、『ストーリーとしての競争戦略』(以上、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(プレジデント社)、『経営センスの論理』(新潮新書)ほか多数。