テクノロジー 仕事の未来 AI時代に求められる「STEAM人材」〜デザイン思考が必要な理由~

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2020.06.23
AI時代に求められる「STEAM人材」〜デザイン思考が必要な理由~

IoT やAI、ビッグデータなどのデジタルテクノロジーが進むなか、新しい技術を活用できる人財の育成が急務になっている。加えて、「AI時代にこそ、デザイン思考が必要」だという指摘がされている。
シリコンバレーで教育・人財育成の最前線に立って活動するスタンフォード大学講師のヤング吉原麻里子氏に聞いた。

人間を中心に考えるデザイン思考とは?

IT企業の一大拠点で、最先端の技術やスタートアップ企業が数多く誕生するシリコンバレーでは、ユーザー(人)を中心に発想するデザイナーの思考法が重要だという考えが浸透している。

「デザイン思考は、ユーザーのニーズを起点と道標にして新しい価値を生み出す手法です。イノベーションが必要とされるさまざまな業界で、人間を中心に発想することの重要性がますます増しています」

こう語るのは、スタンフォード大学でオンライン教育にたずさわる講師のヤング吉原麻里子氏だ。次世代のイノベーション人財を育成しようと、日本の女子中学・高校生向けにデザイン思考とSTEAM 教育のワークショップを行う非営利団体SKY Labo(スカイラボ)の共同創業者・代表でもある。

ヤング氏は「まだ日本ではデザイン思考の本来の価値が理解されきっていない」と指摘する。「デザイン思考とは、斬新な発想をするプロセスをわかりやすく可視化した一連のメソッドと、それを実行するために必要なマインドセットを指します。

メソッドにあたる5つの構成要素①リサーチ、②分析、③統合(シンセサイズ)、④ビルド、⑤テストは、空手で言えば「型」にあたります。型だけをマスターしてもデザイン思考の表面的な理解にしか至りません。大事なのはむしろ、人間を重視する、人のために発想するという奥義の部分です」と強調する。

そして「日本には、人を心からもてなすという文化が根付いています。相手を喜ばせたい、相手のために何かしたいというおもてなしの心は、デザイン思考の核心部分にあたる『人間を中心に考える』という思考そのもの。ユーザー自身でさえ気づいていない課題をあぶりだして、真のニーズを把握し、人間に役立つものを作ろうというデザイン思考は、日本人にとって至極自然なメソッドなのです」と述べる。

「なぜ?」を掘り下げて、ユーザーの価値観を探り、寄り添ってみる

ユーザーのニーズを把握するために必要なのが、「なぜ?(Why?)」と問いかけ、深掘りして相手のストーリーを理解し、共感する姿勢だという。ユーザー・インタビューはデザイン思考の「リサーチ」の過程で使うツールの一つだが、ヤング氏はその重要性を次のように話す。

「ユーザーが『なぜそう思ったのか?』『なぜこれを選んだのか?』という疑問を切り口にして、相手に寄り添いながら対話を掘り下げます。どんな暮らしをしていて、どんな価値観を持った人間なのか。気づきを起点にすることで『この人を幸せにするサービスや商品はなんだろう』という発想が出てくる。数値では測り知れない情報をすくいあげ、思いも寄らない発想につなげるメッド、それが、デザイン思考です」

STEM から、人間性を大切にするSTEAM へ

最先端の技術を取り入れ、人間にフォーカスした新しい価値をデザインできる人財。それこそがAI 時代に求られる人物像「STEAM 人材」だという。STEAM とは、STEM(Science、Technology、Engineering、Mathematics の頭文字を合わせた言葉)にArtsを加えたもの。ここでいうアーツには、美術(アート)だけにとどまらず、文学・哲学・歴史などのリベラルアーツ(教養)が含まれる( 図1 参照)。

図1 STEAMとは

S サイエンス T テクノロジー E エンジニアリング A アーツ M 数学

科学・技術・工学・数学(STEM)領域の最先端技術に、芸術・デザインや人文(リベラルアーツ)的な視点を融合させることで、かつてないイノベーションを生み出し、人間の生活を豊かにするというコンセプト。理数工学領域の専門性を研鑽するだけでなく、「人のために役に立ちたい」という視座や哲学を持つことが、これからの世代を支えるイノベーション人財に求められるというのがヤング氏の考えだ。

「教養を学ぶことで、『人間とは何か』という究極の問いかけに対する自分なりの視座を磨くことができます。それはデザイン思考の根源にある『人間を重視する考え』を強化することにつながります。

何より大切なのは、他者に興味を持つこと。たとえばご近所の年配者とお茶を飲みながらじっくり話をしたり、カフェで待ち合わせる人々を観察することも、共感力や視点を養う糸口になるのでは」とヤング氏は語る。

「AI 時代と言われますが、結局、商品やサービスを使うのは人間です。『人の役に立ちたい、人間の生活を豊かにしたい』という発想が開発の起点になければ、その商品やサービスは世の中に求められません。どんなに高度なSTEMのスキルや知識があっても、技術力ありきで開発する人財からは、世の中を変えるような劇的なイノベーションは起こらない」と指摘する。

越境体験が、イノベーターを育てる

そんなAI時代に求められる「STEAM人材」の特徴は何か。シリコンバレーで活躍する各界のイノベーターには、マインドセットにおいて3つ共通点があるという。

1つ目は、型にはまらない自由な発想ができること。2つ目は、完璧を目指さず「ひとまず、やってみよう」という姿勢を持つこと。3つ目は、失敗を挑戦の証と捉えて前進し続けることだ(図2 参照)。

図2 イノベーターに共通する3つのマインドセット

型にはまらない think out of the box

社会的常識や規範といった「箱」の中にとらわれると、考え方が収束してしまい、新しい発想が生まれにくくなる。そうした縛りから自由になるには、領域を超越する行動力が重要だ。異なる領域に足を踏み入れることで、人の思考が拡散し、新しい発想が生まれやすくなる。

ひとまず、やってみる give it a try

シリコンバレーでは「不完全さ」を許容する文化が浸透している。アイデアを極めようと綿密に計画を立てていると。チャンスを逃がしてしまう。完全主義を捨てて「何事もプロトタイプ」ととらえる姿勢でひとまず発進させてみる。フィードバックをもらいながら、アイデアを改良し続けることが大切だ。

失敗して前進する fail forward

失敗と前進は、一見、反対の概念に思われがちだ。しかし前進の反対は「何もしないこと」。失敗や停滞や後退ではない。イノベーティブなチームを作るには「失敗は挑戦した証」と称賛する文化を作り上げることだ。自分と異なる意見も「Yes」と肯定し、「and」で多種多様なアイデアも前向きにつなげていく姿勢が重要だ。

「『極める』ことを美徳とする日本人の生真面目な職人気質が、これまで質の高いものづくりを支えてきました。とはいえ完璧主義ゆえか、失敗を許さない職場の文化が根強く残っていると聞きます。一方、シリコンバレーでは『とりあえず』という考え方を尊重します。テクノロジーが日進月歩するなか、アイデアを温め続けてばかりいるとビジネスチャンスを逸してしまいますから」

では、この3つのマインドセットを身につけるには何ができるのだろう。

「社会人には『越境』する勇気を持ってほしいです。自分が所属する組織やセクターの外で人に出会ってみる。思い切って職種を変えてみる。新しい領域に足を踏み入れることで、否が応にもネットワークが広がり、型にはまっていた自分に気づいたり、失敗することの価値を知ったり、多様な価値観に触れて視座を高めることができます。

また、越境を定期的に繰り返すことが重要です。動き続けて新しいものにふれることで、マインドセットが固定せず、学び続けることが自然になります」

Profile

ヤング吉原麻里氏
スタンフォード大学講師
立命館大学客員教授

一般社団法人スカイラボ共同代表。聖心女子学院、聖心女子大学文学部を卒業後、スタンフォード大学で博士号(政治学)を取得。イノベーションをめぐる制度と人財について国際比較研究を行うかたわら、大学院生を対象に研究デザインの講義やアントレプレナーシップのオンライン授業を担当。
文系・理系を融合した発想力と国際的な視野を併せ持つ人財の育成に力を注ぐ。著書に『世界を変えるSTEAM人材 シリコンバレー「デザイン思考」の核心』 (朝日新書、共著)。