組織 人財 ウイズコロナを古い労働慣行を捨てるチャンスに 出口治明氏

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2020.08.31
ウイズコロナを古い労働慣行を捨てるチャンスに

世界中を混乱に陥れた新型コロナウイルスの世界的流行は現在もまだ続いている。「ウイズコロナ」において、私たちの生き方や働き方はどのように変わっていくのだろうか。

自ら創業したライフネット生命を退き、2018年から立命館アジア太平洋大学(APU)の学長を務める出口治明氏に、コロナショックによる社会の変化、危機を乗り切る方法、そしてニューノーマル時代にも変わらない仕事の本質について語っていただいた。

新型コロナウイルスの流行は、2つの大きな変化をもたらしたと僕は考えています。1つは、多くの人がリモートワークに取り組まなければならなくなり、結果として ITリテラシーが上がったことです。これによって、今後労働生産性が向上する可能性があります。

もっとも、経済学者の野口悠紀雄さんは、過度に期待してはいけないと話しています。これまで日本社会の IT活用は、海外諸国に大きな後れを取っていた。その後れがこれで取り戻せるかどうかはわからない。それが野口さんの見方です。期待はできるが楽観はできない、といったところでしょう。

もう1つは、リーダーに対する視線が非常に厳しくなったことです。世界各国のリーダーがこの危機にどう対処したか。それを僕たちはコロナ禍のさなかにつぶさに見てきました。この危機は、リーダーシップのあり方をあらためて考える良いきっかけになったと思います。

同様に、企業におけるリーダーの能力もリモートワークによってあぶり出されることになりました。リモートワークは生産性が下がるという意見が出るのは、リーダーのマネジメント能力がないからだと考えます。指示は明確か、判断は的確か、部下を信頼しているか──。
これまでの仕事のなかではあまり見えなかったリーダーの力が、はっきりと可視化されたと思います。むろん、部下の側の実力も明らかになりました。

仕事において大切なただひとつのこと

コロナ禍でリモートワークが普及したことにより、今後は年功序列から能力序列、成果序列へのシフトが明確になると僕は考えています。仕事において重要なことは、ある意味、ひとつしかありません。これはプロスポーツの世界を見ればすぐにわかることです。成果を出すことがすべてであり、大きな成果を上げた人には相応の形で報いること。それだけです。

「一括採用、終身雇用、年功序列、定年」という日本特有の4点セットは、人口増加と高度成長を前提としたガラパゴス的労働慣行です。これからの時代に4点セットが続けられるはずはありません。ウイズコロナは、この4点セットを捨てて成果序列のステージに移る機会になると思います。

大切なのは成果であって、労働時間ではありません。成果さえ上げれば、8時間働く必要はないし、まして残業をする必要などないのです。そして余った時間で副業をしたり、勉強したりすればいい。そうすれば、日本社会全体が賢くなります。その結果、日本の労働生産性は間違いなく上がります。

人間が賢くなるのに必要なことは3つだけだと、僕は以前から考えてきました。「人、本、旅」です。いろいろな人と接し、本を読み、旅行をして見聞を広めることです。しかし、毎日の仕事が忙しすぎると、それができなくなります。仕事が終わると「めし、風呂、寝る」だけの生活になってしまいます。これも以前から言っていることですが、働き方改革とは結局のところ、「めし、風呂、寝る」の生活から「人、本、旅」の生活への転換にほかなりません。

ワクチンと治療薬が開発されるまでは、ステイホームが必要とされるでしょう。その間は、「人」と「旅」は制限されることになります。ならば、本を読めばいい。ステイホームの期間は、これまで読めなかった本を読む絶好の機会です。

「考える力」を鍛えることが危機への対応を可能にする

ワクチンと治療薬が開発されれば、新型コロナウイルスは通常のインフルエンザと同じになります。これまでインフルエンザの感染を防いできたのと同様の方法で感染防止をすればよくなります。つまり、もとの世界に戻るということです。

しかし、いずれまた新しい危機はやってくるでしょう。その危機は、別種のウイルスかもしれないし、自然災害かもしれません。それを予測することは不可能です。できることは、いかなる事態が生じてもそれに柔軟に対応できる適応力や復元力をもつことです。その力を最近ではレジリエンスといっています。

では、レジリエンスを身につけるにはどうすればいいか。「考える力」を鍛えること。それに尽きると僕は思います。「考える力」とは、物事の本質を捉える力であり、探求する力であり、自ら問いを立てる力であり、常識を疑う力です。これは、必ずしも即効性や実用性のある力ではありません。即効性のある知識はすぐに即効性を失います。時代の流れはとても早いので、すぐに役に立つものは、すぐに役に立たなくなってしまうのです。

僕がいう「考える力」とは、時代が変わっても変わらないしっかりとした「型」をもったものです。その「型」の要素となるのが、これもしばしば述べてきたように「数字、ファクト、ロジック」です。エビデンスによる説明、事実の把握、論理の組み立て。それによってはじめて物事を順序立てて考えることができるのです。この「考える力」を身につけることが、まだ見ぬ危機に対処する最良の方法であると思います。

谷が深ければ山も高くなる

このステイホームの期間中に明らかになったことがもうひとつあります。「仕事などどうでもいい」ということです。本当に大切なのは、家族であり、パートナーであり、友だちである。リモートでわざわざ会社の上司や部下と飲み会をしたいとは思わない。友だちの声が聞きたい。そんなことを多くの人が感じたはずです。そして、家族や友だちに比べたら、仕事などどうでもいい、と。

それに気づいた人は、大きなチャンスを手にしたことになります。どうでもいい仕事なら、ビビらず、思い切り、失敗を恐れずに取り組むことができるからです。委縮して力が出せなくなるのは、仕事が人生のすべてだと錯覚しているからです。仕事は人生のすべてではありません。どうでもいいことなのだから、怖がらず、伸び伸びとやればいいのです。上司の機嫌をとらなくてもいいのです。そして、仕事の生産性を上げて、余った時間で賢くなる努力をすればいいのです。

人生に学びの時間があるのは本当にすばらしいことです。ステイホームのなかで、それに気づいた人が多いと思います。上司のカラオケにつきあって上司の歌を無理やり聞かされる時間に比べれば、本を読んでいる時間はどれだけ充実したものか。

世界銀行は、2020年の世界の経済成長率はマイナス5%、あるいはそれより悪くなると予測しています。戦後最悪だそうです。仕事ができない人が増えているのだから、それも当たり前でしょう。悲観しても仕方がありません。ウイルスは自然現象です。台風と同じです。台風が吹き荒れている間は外には出られないと腹をくくるほかありません。

しかし、「谷深ければ山高し」という言葉があるように、今年がマイナス5%なら、来年にプラス5%を目指せばいい。短期的には我慢の時期が続きますが、長い時間軸で考えれば、いずれもとの世界に戻ります。それまで読書をしながら、本当の「考える力」を身につけてほしい。心からそう思います。 

Profile

出口治明氏

出口治明
立命館アジア太平洋大学(APU) 学長

1948年三重県生まれ。京都大学法学部卒業後、日本生命に入社。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て、2006年に退職。2008年に日本初のインターネット直販型生保、ライフネット生命を開業する。12年に上場。10年間、社長、会長を務め、17年に退任。18年1月に立命館アジア太平洋大学(APU)学長に就任。『全世界史(上下)』(新潮文庫)、『0から学ぶ「日本史」講義(古代篇、中世篇』(文藝春秋)、『哲学と宗教全史』 (ダイヤモンド社)ほか著書多数。