働き方 組織 仕事の未来 ニューノーマル時代の労働市場と日本の「学び直し」における課題

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2021.04.20
ニューノーマル時代の労働市場と日本の「学び直し」における課題

ビジネスのあり方や雇用環境が大きく変化するウィズコロナの時代、働く個人は今後必要となる新たなスキルを見極め、リスキル(学び直し)・アップスキル(技能向上)に取り組んでいくことが欠かせない。世界経済フォーラムの2020年年次総会では、第4次産業革命によって新たなスキルを習得するために、2030年までに、より良い教育、スキル、仕事を10億人に提供できるようにするというイニシアチブが発表された。
Adecco Groupでも、2030年までに500万人の人々のリスキルとアップスキルを行うことに取り組んでいる。
今後の経済・雇用環境の変化と、日本における学び直しの課題について、東京大学大学院教育学研究科教授の本田由紀氏に聞いた。

社会全体の変化対応力のためにも欠かせないリスキルとは

「リスキル(学び直し)」への注目度が日本でも急速に高まっている。

リスキルとは、変化の激しい社会に対応して、個々の働き手がより付加価値の高い仕事にシフトしていくため、新たなスキルや能力を習得していくことを意味する。今年1月に世界経済フォーラムが発表した「ダボス・アジェンダ 2021」でも、新型コロナウイルスのパンデミック後の世界において、働き手の活躍を支えるような新たな労働市場をどう形成していくかを主要テーマとして掲げ、リスキル・アップスキル(技能向上)の拡充が必要であると指摘している。

日本と欧米の学び直しに対する意識の差は大きい。人口減少が進む日本では、限られた人財が能力を最大限に発揮していくためにも、企業は社員のスキルを把握し、生かせる取り組みを始め、リスキルを推進していくことは極めて重要だ。新たなスキルを身につけられる環境が広く整備されれば、人財流動性は高まり、変化に対する社会全体の対応力も向上する。

しかし、現在の日本における学び直しの環境は、決して良いとはいえないと本田氏は話す。

「かつては、就業経験のないまっさらな状態の若者を一括採用し、OJTやローテーションを通じてその企業にふさわしい人財として独自に育成していくのが日本的雇用の特徴であり、国際競争力を支える強みとも言われていました。ところが最近の国際的な調査によれば、日本企業はOff-JTはもちろん、OJTも必ずしも熱心とはいえません。企業による教育訓練も、個人の意思による学び直しも、国際的に見て劣勢であることが明らかになっています」

学び直しの方法や内容はさまざまだが、特に「勤務先企業の費用負担による学び直し」について、日本と欧米で大きな違いがあると本田氏は指摘する。図は、目的と費用負担者別で見た学び直しへの参加率のグラフだが、日本はOECD平均を大きく下回る。働き手がスキルを発揮できている度合いも、国際的に見て低いことが明らかになっているという。

目的と費用負担者別の学び直し参加率

目的と費用負担者別の学び直し参加率 目的と費用負担者別の学び直し参加率

「これらの背景として最も大きいのは、働く個人が大学や大学院など企業外で身につけた専門的な知識・スキルを、企業側が十分尊重していないことです。個々の社員が外部でどんなスキルを身につけているかを把握して、それを生かせるような人事配置をしたり、高度な専門性を持つ社員に対しては報酬にプレミアムを付与したりする意識が、日本の企業は極めて薄いといえます。だからこそ、学び直しに対する動機づけも低くなっています。その意味で、日本の学び直しの環境に対する企業側の責任は重いと考えます」

新たなスキルを育み適切に評価するジョブ型雇用の意義

とはいえ、少しずつではあるが前向きな変化の兆しは生まれている。ジョブ型雇用を導入する企業が増えているのは、そうした変化の1つでもある。
「デジタル化やグローバル化などを背景に、今後は専門性の高い働き方がますます重要になっていくと考えられます。いわゆるAI関連に限らず、国際法務であったりデジタルマーケティングであったり、あらゆる分野で高度な専門性やスキルを身につけた人がその能力を発揮する必要がありますし、学び直しによってそれを適宜アップデートしていくことが欠かせません。これは、職務内容を限定せず、転勤や配置転換によってさまざまな職務を経験させてゼネラリストを育てる従来の『メンバーシップ型雇用』とは相いれない面があります。

現状の日本では、ジョブ型雇用が成果主義や能力主義などと混同されている面がありますが、専門的なスキルを育み、力を発揮してもらい、それに報いるような報酬体系を取り入れていく上で、ジョブ型雇用の導入は欠かせません。まだAIやICTなど一部の業種・職種に限られますが、専門的なスキルを有する人財へのニーズが高まり、初任給の段階から高い報酬を提示して採用しようとする企業が徐々に現れています。今後、中途採用や社内のキャリア形成に対しても同様の変化が広がっていく可能性はあると思います」

企業としては、働く側の意識が大きく変化しつつあることを十分認識することが重要だと本田氏は指摘する。

例えば、就職活動を始めた学生たちに対する調査結果によると、「転職」を前提に就活に臨む人たちが明らかに増えている。経済環境の不確実性が高まっているにもかかわらず、安定志向で就職先を選ぶのではなく、期限付きで企業に就職したいと考える学生が、調査によっては全体の約6割もいるという結果が出ているという。

「このほか、ジョブ型の採用を希望する学生の割合が過半数を超えるという調査結果もあります。これから労働市場に参入しようとする若者たちの間で、『キャリアを自分自身でコントロールしたい』『自分の専門性の輪郭を明瞭にして働きたい』という意識が着実に生まれているわけです。

しかし、企業側の変化のマグニチュードはまだ小さいように見えます。ぜひ産業界は、働く側の意識変化を察知して、学び直し環境の整備に前向きに取り組んでいただきたいと思います」

学びが強迫観念にならないように肩肘張らずに取り組んでいく

一方で、働く個人に対しては「肩肘張らず、気軽に学んでほしい」と本田氏は強調する。
「大学院に行ったり通信教育を受けたりすることだけが学びだととらえずに、目についた本から読み始めてみることで興味・関心の幅を広げて、そこから独学にトライするなど、芋づる式に学びの機会を広げていけばいいのです。

目の前にある仕事の実務の中にも学びはあるはず。できれば、そこで得た知識や気づきをノートにまとめておくなど、可視化して形で残しておくとよいでしょう。インプットするだけでなく、アウトプットすることで学びが深まります。そんな学びを体験して、少しずつ成長していく自分に自信を持っていただきたいと思います」

当然ながら、世の中には家庭の事情などですぐには学べない状況にある人や、新たな学びになかなか踏み切れない人もいる。学びは大切だが、学び直しを声高に強調することで、学ぶこと自体が強迫観念になったり、学べない人々を排除するような風潮になったりしてはならないと本田氏は指摘する。
「OECDの国際調査などでも明らかなのですが、日本の児童・生徒は学力が高い一方で、学ぶことそのものの面白さを実感できていない度合いが強いのです。考えること自体が楽しいとか、答えが出なくても考えてみようとか、そんな意識も低い。学力の序列の中で少しでも上位に行くために学ぶという意識が、子どもの頃から刻まれてしまっているため、社会人になり、あんな経験はしたくないと、学び直しに対する拒否感を感じる人が意外に多いのではないかと考えています。

基本的な安心感や時間の余裕があって初めて意欲的に学べますから、学び直しを広げていくには、セーフティーネットの整備なども不可欠です。学びについて日本は問題が山積であることに気づくべき時期だと思います」

Profile

本田由紀氏

本田由紀氏
東京大学大学院教育学研究科 教授

日本労働研究機構研究員、東京大学社会科学研究所助教授を経て、現職。専攻は教育社会学。