働き方 仕事の未来 組織 人生100年時代をいきいきと生きるための「ヒューマン・トランスフォーメーション」

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2022.05.18
人生100年時代をいきいきと生きるための「ヒューマン・トランスフォーメーション」

いきいきと働くことの基礎となるのは、人生をいきいきと生きるためのビジョンです。では、そのようなビジョンを得るにはどうすればいいのでしょうか。芸能活動を続けながら、会社経営と研究活動にも取り組むいとうまい子さんは、29歳のときに自分の人生の価値観を確かにする体験をしたと話します。同じく29歳で人生のパーパスを見出したというAdecco Group Japan代表の川崎健一郎が、「人生100年時代」にビジョンやパーパスが求められる意味をいとうさんと語り合いました。

マルチキャリアを実践する秘訣とは

川崎

いとうさんは、芸能のお仕事以外に、会社を経営し、大学院で勉強もされているそうですね。

いとう

亡くなった兄が経営していた会社を引き継ぐ形で5年前に社長に就任しました。主にテレビ局にディレクターやデスクなどを派遣して、番組制作を支援する会社です。登録スタッフ数はまだ50人くらいで、100人まで増やすのが今の目標です。大学の方は、45歳で早稲田大学に入学し、現在は早稲田大学大学院の博士課程で、アンチエイジングをテーマに食品由来の抗老化成分の研究をしています。

川崎

大学で勉強しようと思われたきっかけは何だったのですか。

いとう

芸能界にデビューしたあと、最初の事務所とそりが合わなくて、5年で事務所を飛び出してしまいました。この世界は、事務所を辞めると仕事を続けることが難しくなるのですが、幸いにも私は引き続き仕事をいただくことができました。その頃に考えたのは、こんなことです。

私がテレビに出られるのは、スポンサー企業が番組制作費を出してくださっているからです。そこから私たちのような芸能人にも出演料が支払われるわけです。でも、企業がスポンサー料を出すことができるのは、その企業の商品を買っている人たちがいるからです。つまり、私たちは普通に生活している一人ひとりの皆さんの力によって生かされているということです。

そういった方々に恩返しをするにはどうすればいいか。私は高校を卒業してすぐに芸能界に入っていますから、特別な知識もなければスキルもありません。そこで、大学に入って自分の土台になるものをつくりたい。そう考えて、45歳のときに大学に入学しました。

川崎

マルチキャリアが求められるようになっているこの時代に、芸能活動、会社経営、研究と、いとうさんはまさに先端的な生き方をされていると思います。しかし、時間のやりくりなどは大変でしょうね。

いとう

時間って、実は結構あるんですよ。無駄にだらだらしているときが誰にでもありますよね。そういう時間をなくすと心に決めてしまえば、有効に使える時間はすごく増えます。もう一つ別のことをやりたいくらいです。

川崎

素晴らしい。世の中には一つのことで手一杯と感じている人の方が多いと思いますが、日々の過ごし方次第でどうにでもなるということですね。

いとう

これだけテクノロジーが進歩していますから、何でもすぐに調べられるし、ほしい本はいつでもオンラインで買えますよね。それだけでも時間はかなり短縮できます。「でも、人付き合いもあるし」とおっしゃる方もいるかもしれませんが、私は「自分が会いたい人としか会わない」と決めています。それで人からどう思われるかということは、まったく気にしません。

パーパスがあれば生き方はシンプルになる

川崎

私も17歳のときに「人生は時間だ」と考えるようになりました。命の長さは人それぞれなので、使える時間の総量には差があります。しかし、時間が流れる速度は平等です。その時間を有効に活用することが幸せな人生につながる。そう考えたのです。では、時間を一番自由に使える職種は何か。その答えが社長業でした。そこから社長になることが目標になりました。

いとう

17歳からライフビジョンを定めていらしたのですね。私にはそういうビジョンはまったくなくて、「恩返しがしたい」という気持ちが漠然とあったくらいです。でも、一生懸命生きていると、道を拓いてくださる方に出会うんですよね。その道をただ歩いてきたという感じです。

川崎

私たちAdecco Groupは、キャリアビジョン、つまり働くビジョンが大事であり、それ以上にライフビジョン、つまり人生のビジョンが大切であると考えています。「ビジョン」という言葉を使うと、「未来を詳細に思い描く」という意味に捉えられてしまいがちですが、私たちが言っているライフビジョンは「パーパス」、つまり人生の目的、あるいは自分の人生で大切にしたい価値観といった意味合いです。

私は17歳で「時間を自由に使える仕事がしたい」と考えたわけですが、しかし、それはあまりにも利己的なモチベーションであると29歳の頃に気づきました。利己から利他に自分の価値観を転換する必要がある。そう考えてたどり着いたのが、「人の心に火をつけたい」という人生の目標です。「川崎と話しているとその気になるんだよね」と言われることが何度かあって、それを自分でもうれしく感じていました。そうか、自分には人をその気にさせる力があるのか。それならば、その力を多くの人のために使いたい──。そんなふうに考えるようになりました。人財会社の社長は、社員はもとより、派遣で働く方々や転職を目指す方々の心に火をつけることができる仕事です。ですから、今の仕事は天職だと思っています。

いとう

29歳で大きな転機があったわけですね。私も「恩返しがしたい」と考え始めたのは29歳のときでした。

川崎

そうでしたか。私といとうさんは同じ年齢でパーパスをはっきり定めたということですね。パーパスが決まれば、そこから先の生き方はある意味でシンプルです。パーパスにつながることにエネルギーを費やす。そうではないことには時間を使わない。それが自分の生き方になります。いとうさんがおっしゃった「会いたい人としか会わない」というのも、そういうことではないでしょうか。

いとう

そうそう。同じです。そう考えると、何より大切なのは、自分にとっての生きる目的を見つけることなのでしょうね。でも、それを見つけられない人が実際には多いような気もします。

悩み抜いた末に訪れた「ヒューマン・トランスフォーメーション」

川崎

以前、私たちが調査した結果では、キャリアビジョンやライフビジョンが明確である人の割合は35%でした。つまり6割以上の人は、はっきりしたビジョンがないということです。人それぞれの人生だから仕方がないという考え方もありますが、人財ビジネスに携わる人間として、そうは言いたくない。ではどうすればいいか。いとうさんはどう思われますか。

いとう

答えになっているかわかりませんが、まずは自分の人生を受け入れること、そして感謝の気持ちをもつことなのだと私は思います。

私は童顔なので、20代後半になっても年相応の役はほとんどいただけませんでした。ドラマのプロデューサーから役をいただいても、監督からは「もっと大人っぽい女優がほしかったんだよな」と言われることが何度もありました。嫌われて仕事がなくなるのはいやだから、好かれるために必死になりました。メークを濃くしてみたり、大人っぽい服を着てみたり。

あるとき、兄が飼っていたゴールデンレトリーバーをしばらく預かったことがあったんです。犬と散歩していると、それまで気にも留めなかったことに気づくようになりました。春になると花が咲くし、カメが冬眠から覚めて池で甲羅干しをしたりしている。そんな風景を見て、「ああ、身の周りにこんなに宝物があるのに、私はそれを見ないで生きてきたんだ」と思いました。犬との触れ合いも新しい経験でした。動物は生きているだけで素晴らしい存在ですよね。ありのままで生きていいんだよ──。そんなふうに言われた気がしました。

それをきっかけに、それまで必死になっていたことを全部やめて、芸名もひらがな表記に変えました。もし仕事がなくなったとしても、これが私の人生なんだからそれでいい。そう思えるようになって、自分がすごく変わったし、世の中の見え方も変わりました。そうすると、自分の生きづらさを誰かのせいにするということもなくなるんですよね。それからです。感謝の気持ちを大事にしよう、恩返しをしていこうと考えるようになったのは。それが29歳のときでした。

川崎

「自分のままでいいじゃないか」と思えるようになって、生きる価値観が変わった。そうして、人生のパーパスを見つけたわけですね。

いとう

私はその経験を「HX」と呼んでいます。ヒューマン・トランスフォーメーションですね。それからは、すごく生きやすくなったし、日々の生活が幸せになりました。今はほんと、楽しいことばかりです。

「人生100年時代」にパーパスが求められる理由

川崎

先ほどの調査で、ビジョンが明確な人の40%は、日々いきいきと生活できているという結果が出ています。一方、ビジョンがはっきりしていない人でいきいきと暮らせている人は10%に過ぎません。この差はとても大きいと思います。

ビジョンやパーパスが明確なら、やる気が満ちてくるし、やる気があれば仕事の生産性も上がります。ビジョンが大切であると私たちが言っているのはそのためです。多くの人がいとうさんのような生き方ができるようになったら、日本の経済は間違いなく上向きになるはずです。そのために必要なのが、いとうさんがおっしゃるHXなのでしょうね。どうすればHXを実現できると思われますか。

いとう

やはり、苦労したり、悩んだりすることが必要なのだと思います。そうしないとわからないことが絶対にありますから。とくに若いうちは。

川崎

なるほど。会社を経営している皆さんに「経営者にとって大事なものは何だと思いますか」と聞くと、多くの方が「修羅場を体験すること」と言います。いとうさんの考えと同じですね。私自身もこれまでずいぶん修羅場をくぐってきましたが、修羅場を体験すると、一人でできることなど何もないこと、自分が多くの人の助けによって生かされていることに気づきます。そこから周囲の人たちへの感謝の気持ちが生まれるのだと思います。

スポーツ選手が、競技直後のインタビューでよく感謝の言葉を口にしますよね。あれは、本当に嘘偽りのない言葉だといつも感じます。苦しい練習の日々のなかで自分を支えてくれたたくさんの人への気持ちがおのずと表現された言葉だといえます。まさに、苦労したからこそ感謝できるということなのでしょうね。

いとう

そのとおりですね。人生の目標がはっきりしていて、その目標に向けてものすごく努力してきたからこそ、自然に出てくる言葉なのだと思います。

川崎

人生100年時代といわれますが、人生のパーパスがあるかないかで、100年の意味合いは大きく変わると考えます。パーパスがある人にとっては、それに取り組める時間が長くなったということであり、パーパスがない人にとっては、ただ長くつらい時間を過ごさなければならなくなるということです。100年時代を本当に充実した人生にするためにも、ライフビジョンが必要であり、キャリアビジョンが必要である。そう思います。

いとう

目標は大きなことじゃなくてもいいわけですよね。小さくたって自分が本当に実現したいことなら、それは素晴らしい目標です。自分にとって大切なことが何かを考えること。そして、新しい生き方に向かって一歩踏み出してみること。そこからすべてが始まるのではないでしょうか。

Profile

いとうまい子氏
俳優/ライトスタッフ代表取締役

1964年生まれ、愛知県出身。1982年、『ミスマガジン』で初代グランプリを受賞し、その後アイドル歌手としてデビュー。数多くのドラマ、映画、テレビ番組に出演。2010年に早稲田大学のeスクールに入学、2014年に早稲田大学大学院人間科学研究科修士課程、2016年に博士課程へ進学。現在は早稲田大学大学院博士課程で、東京大学と共同で老化学の研究に取り組んでいる。2019年、AIベンチャーであるエクサウィザーズのフェローに就任。

いとうまい子氏

川崎健一郎
Adecco Group Japan 代表

1976年生まれ、東京都出身。99年青山学院大学理工学部を卒業後、株式会社ベンチャーセーフネット(2022年に株式会社VSNからModis株式会社に社名変更)入社。2003年事業部長としてIT事業部を立ち上げる。常務取締役、専務取締役を経て、10年に代表取締役社長兼CEOに就任。12年、(株)VSNのAdecco Group入りに伴い、アデコ株式会社の取締役に就任。14年から現職。現在は、アデコ(株)およびModis(株)の代表取締役社長、Modis North APACのシニアバイスプレジデントを兼務。

川崎健一郎