Vol.25 インタビュー:スタジオジブリ代表取締役プロデューサー 鈴木敏夫さん

仕事と私 挑戦を通じて

過去のことは振り返らず、少し先の未来と目の前の「今」に集中する。これがいい仕事をする秘訣。

ただ目の前のことに一所懸命だっただけ

僕は、何かに「挑戦しよう」と考えて作品を作ったことは一度もありません。後から振り返ってみて、「ああ、あれはチャレンジだったな」と思うだけです。

たとえば『風の谷のナウシカ』。あの作品を製作した頃、僕はまだ徳間書店の『アニメージュ』という雑誌の編集者でしたから、映画作りについて何も知りませんでした。ただ、宮崎駿という"面白い人" と出会って、「この人と映画を作ったら楽しいだろうな」と思って作った。それがあの作品です。大変なこともありましたが、多くの方が作品を観てくれて、ビジネスとしても興行的に悪くなかった。今思うと無謀な挑戦だったかもしれません。でも作っている時は、そんなこと考えていませんでしたね。目の前のことに一所懸命だっただけです。

『となりのトトロ』と『火垂るの墓』は、徳間書店の役員層に企画を通すのに苦労した作品でした。『風の谷のナウシカ』『天空の城ラピュタ』と、いわゆる冒険活劇を続けて製作したので、今度は違ったものを作りたかったんです。それだけだったのですが、どちらも地味な話だったので、「これじゃ客が入らない」と随分反対されました。しかし、宮崎駿と高畑勲がそれぞれ監督を務めたあの2作品が、内容も、同時上映という形態でも成功したことによって、ジブリ作品の幅はかなり広がりました。そう考えれば、あれもまたチャレンジだったのでしょう。

鈴木敏夫さん

profile
1948年名古屋市生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業後、徳間書店に入社。『アニメージュ』の編集長を務めながら、『風の谷のナウシカ』に始まる一連の高畑勲、宮崎駿作品の製作に携わる。85年、スタジオジブリの設立に参画し、89年から同社専従となる。著書に『映画道楽』(ぴあ)、『仕事道楽』(岩波新書)、『ジブリの哲学』(岩波書店)がある。

ジブリ最大の「挑戦作」『おもひでぽろぽろ』

僕らにとって何より難しかった作品は、高畑勲が監督した『おもひでぽろぽろ』かもしれません。この作品は、20代後半の一人の女性が、田舎暮らしに憧れて山形に農業を手伝いに行き、その過程で子どもの頃のことを思い出すという話です。でも普段から、僕らは昔のことを思い出すってことがないんですよ。僕も、宮崎駿も、高畑勲も、昔話は一切しません。いつも、今の話とちょっとだけ未来の話しかしない。だから、あの作品を作ることになった時、高畑さんと話し合ったことを覚えていますよ。「昔のことを思い出すって、どういうことなんでしょうね」と。

そうそう、こんなやりとりもありました。あの作品の原作に恋愛の要素はないのですが、映画では恋の話を入れたいと僕は思った。それを高畑さんに伝えると、彼はこう言いました。「恋愛している人たちって、どんなことをしているんですか?」。僕は答えました。親しくなると彼女の家に行くんです。で、彼女の部屋に招かれたりするんです。そこでお定まりなのが、アルバムですよ。学校の卒業アルバムを引っ張り出してきて、「あの頃の私はこうだった」「そういえば、俺も」みたいなことを話すんです。そうやって互いの過去を知り、相手を深く理解するようになる。それが恋愛ですよ──。「そんなことをやっているんですか。バカバカしい」と高畑さんは笑っていましたけどね。

そんなふうにして、「昔のことを思い出す」という、僕らにとって極めて不得手なテーマに、あえて言えば「挑戦」したわけですが、あれもまた地味な物語でね、派手なシーンなんか一つもありませんから、配給会社の期待値は相当低かった。しかし、蓋を開けてみれば、その年の日本映画の興行収入ナンバーワンになったわけです。やはり、「当たりそうなこと」だけをやっていてはダメで、自分たちが作りたいものを探求することが大切だと、思い知らされましたね。

鈴木敏夫さん

やりたいことを気楽にやるそれがうまくいく秘訣

ジブリには、売上目標も経営計画もありません。すべて出たとこ勝負です。お客さんが映画を観てくれなければそれで終わりですから、長期的な目標など立てようがありません。頭の中にあるのは、今取り組んでいる作品のことだけです。そうして作品が一つできたら、次の作品に取りかかる。その繰り返しです。

僕は、人間の生き方には二つしかないと思っています。一つは、目標を定め、それに向かって努力する生き方。もう一つは、目の前のことをコツコツやりながら、そこから拓けていく未来を楽しむ生き方。僕たちは間違いなく、後者です。過去のことは思わない。未来に何が待っているかも考えない。今のことだけに集中する。その方が絶対にいい仕事ができます。

だから、「挑戦」とか「戦略」という言葉が、実は僕はあまり好きではないんです。やりたいことがある、描きたいものがある。それが最初にあるのであって、「挑戦してやろう」とか「この戦略でいこう」というのが先に立つわけではないでしょう。これはすべての仕事に当てはまると思います。今やりたいこと、やったら楽しいと思えることがあって、肩の力を抜いてそれに取り組んだ時に、仕事はうまくいくもの。映画作りも、仕事も、人生も、気楽にやるのが一番です。「挑戦」なんて、肩肘張って考えずにね。

ジブリの哲学世界で愛されるジブリ作品はどのように作られてきたのか。新刊『ジブリの哲学』(岩波書店)は、数々の出会い、監督たちと交わされた会話、プロデューサーとしての「戦略」などを綴ったドキュメントエッセイ。