Vol.28 インタビュー:宇宙航空研究開発機構(JAXA)シニアフェロー元「はやぶさ」プロジェクトマネージャ 川口 淳一郎さん

仕事と私 挑戦を通じて

過去の数々の挑戦と失敗が「はやぶさ」プロジェクトを成功に導きました。

挑むことからすべては始まる

宇宙開発は挑戦の連続です。これまで人類が到達できていない領域に挑み、人類が利用できる空間を広げていくのです。

宇宙開発においては、到達の範囲を広げていくことがまず先であって、そこで得た技術や空間をどう利用していくかは、その後に考えてもよいと思います。つまり、実用化の目的があっての開発ではなく、まずは新しい開発に挑むということです。これは、あるいは世間の常識に反した考え方かもしれません。しかし、宇宙開発に長年携わってきた私の経験からすると、「役に立つこと」を優先しようとすれば必ず「使える技術がすでにあるのだから、それを使おう」という発想が出てきてしまいます。実用性を優先する考え方からは、未知の領域に挑戦しようとするマインドは決して生まれない。まずは挑むこと。そこからすべては始まると、私は思っています。

達成感と無念さは紙一重

挑戦には失敗がつきものです。私もこれまで、数々の失敗を経験してきました。よく思い出されるのは、1995年の「M-3SⅡロケット8号機」の打ち上げです。ロケットは軌道に乗ったものの、それは予定を外れた軌道でした。このロケットに私は十分な自信を持っていました。しかし、結果は望ましいものではなかった。私は、宇宙開発の難しさを再認識させられました。

もうひとつは、日本初の火星探査機「のぞみ」の失敗です。「のぞみ」は、火星の周回軌道上から火星を観測することを目的とした探査機でしたが、細かなトラブルが多く、最終的にはミッションを断念せざるを得ませんでした。

川口 淳一郎さん

profile
1955年、青森県弘前市生まれ。京都大学工学部機械工学科卒業。東京大学大学院工学系研究科博士課程修了後、旧文部省の宇宙科学研究所に助手として着任する。88年に助教授に、2000年には教授に就任。その間、「さきがけ」「すいせい」「ひてん」「のぞみ」などのプロジェクトに関わり、96年から11年まで「はやぶさ」のプロジェクトマネージャを務める。著書に『はやぶさ、そうまでして君は』(宝島社)、『はやぶさ世界初を実現した日本の力』(日本実業出版社)などがある。

それらの失敗の経験を経て私が考えたのは、こんなことです。「惜しくもできなかった」ことと「できた」ことの差は、技術的に見ればほんの紙一重である。しかし、この紙一重の差によって、大きな達成感を得ることもあれば、無念な気持ちになることもある──。私は、続く大きなプロジェクトであった「はやぶさ」は、何があろうとも成功させなければならないと決意しました。

小惑星イトカワからサンプルを採取し、地球に帰還することをミッションとする「はやぶさ」は、一時、通信途絶などの絶望的なトラブルに見舞われましたが、ご存じの通り2010年6月、地球に無事帰還しました。月以外の天体に着陸し、サンプルを収集し帰ってくる。これは、世界初でした。このプロジェクトを成功に導いたのは、これまでの失敗から得た教訓です。過去に数々の挑戦があり、失敗があったからこそ、大きなチャレンジを成し遂げることができたのです。

しかし、「はやぶさ」のプロジェクトが仮に失敗に終わっていたとしても、そこから得られたものは小さくなかったはずです。「はやぶさ」の帰還後、私にこんなことを言った人がいます。「成功してよかったですね。帰還できなかったら、プロジェクトに投下した費用について糾弾されたでしょうね」。けれども、私はそうは思いませんでした。たとえ「はやぶさ」が帰ってこなかったとしても、挑戦という行為の結果として、多くの成果が得られたはずです。失敗に終わった挑戦は無意味である。そんな考え方が当然のものとなったら、誰も挑戦などせず、失敗するリスクのない安易な道を歩むことになるでしょう。失敗を恐れず型破りなことをしようという精神が、今の世の中には少し足りないのではないかと思います。他の人が取り組まないことに挑戦する動きを規制しようとする文化が、残念ながら日本にはあるような気がします。これからの若者には、ぜひこうした文化を打ち破っていってほしいですね。

人材育成という新しいチャレンジ

これからの私の挑戦は、人材を育成することだと考えています。すでに「はやぶさ」の2号機を打ち上げるプロジェクトはスタートしています。多くの方は、1号機が成功したから2号機も成功して当たり前と考えるでしょう。このプロジェクトは、大変なプレッシャーのもと進んでいくことになります。私はアドバイザーという立場でそのプロジェクトに関わり、チームのメンバーたちを支えていくつもりです。

能力がある人はたくさんいます。しかし、優秀なメンバーが集まったからといって、プロジェクトが成功するとは限りません。開発の分野では特に、「経験」が大切です。その重要さは、若いときには分からないものです。僕自身がそうでした。30年以上働き続けて、ようやくそれが分かってきたように思います。

プロジェクトには必ず期限があります。期限のある活動には、時として「見切ること」が必要とされます。プロジェクトの前進につながらないことは早々にあきらめるという決断が求められるでしょう。一方で、どこに力を注ぐべきかを見極める目も必要です。それらの判断を正確にするために必要なのが経験なのです。

むろん、経験とはそれぞれの人が自ら苦労して積み重ねていくべきものです。私にできることは、多くを経験してきた者として、その苦労に伴走していくことです。それがこれからの私の仕事であり挑戦である。そう考えています。