働き方 仕事の未来 イノベーション創出につながるこれからの働き方を考える

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2020.02.12

2019年4月に働き方改革関連法が施行され、長時間労働の見直し、有給休暇の義務化など労働時間を中心とする改革は進んだ。しかし、企業の生産性向上やイノベーションの創出、個人のキャリア自律やクリエイティビティの発揮につながるような働き方の議論はまだ道半ばだ。
イノベーション研究の第一人者である一橋大学イノベーション研究センター名誉教授・法政大学大学院教授の米倉誠一郎氏に、これからの日本企業が目指すべき組織・マネジメント・働き方などについて聞いた。

──日本における働き方の議論を、率直にどう捉えていますか。

1998年から2018年までの20年間で、日本の名目GDP(国内総生産)の伸びはわずか1.24倍でした。一方、世界を見渡すと英国が1.72倍、ドイツは1.76倍、米国は2.27倍で、韓国は4.45倍も伸びている。1人当たりのGDPを見ると、日本は98年の世界6位から18年の26位へと、まさに転落の一途です。経済のマクロ統計を見るだけでも、世界のなかで日本の生産性が圧倒的に低いことは明らかです。

もちろん日本人が真面目に働いていないわけではありません。しかし、それは"work hard"であって、"work smart"ではなかった。働き方の議論において「生産性の向上」という本質が抜け落ちていることこそ、最大の課題でしょう。

──生産性向上のために、具体的に何が必要でしょうか。

生産性を上げるには2つしかない。分母であるインプット(投入)を小さくするか、分子であるアウトプット(付加価値)を大きくするかです。

労働時間の削減は分母を減らすので、それはいいとしても、一律に"9時―17時勤務"を押しつけるようなやり方はナンセンスです。

例えば大学教員の間でも、私のように年食って朝イチからの講義担当が嫌でなくなったものもいれば、保育園に子どもを預けた後、10時~15時までの講義を中心に担当したい教員もいます。

あるいは、夜型人間だから夕方以降の社会人講義を担当したいという人もいる。こうして1人ひとりのニーズに沿った働き方を選べると、何より学生たちに対して最も良い講義を届けることができます。つまりアウトプットの質を高め、生産性を向上させる働き方です。

人財の多様化がこれだけ進んでいるわけですから、勤務時間に一律で制約を課すのではなく、改革の1つひとつを生産性向上の観点で進めることが大切です。

──知的生産性の向上も重要ですね。

そのためにはデジタル投資が不可欠。働き方改革で単純に労働の投入量を減らしたら、そのままではアウトプットの質も下がって生産性が落ちるに決まっている。労働を代替できるのはデジタルテクノロジーしかない。

ですが、日本はデジタル投資でも大幅に出遅れているのが現状です。19年には日本企業の内部留保が史上最高の500兆円を超えましたが、デジタル投資をほとんど増やしていない。かたや、グーグルは1社だけでAI研究に2兆円も投じているのです。

人手不足が深刻化し、日本の宅配業者が値上げすると発表したとき、アマゾンは自前の物流を検討するといいました。できるわけがないと日本人は思いがちですが、彼らはそうは考えない。

人手が足りないというが、赤帽トラックは本当にいつも満杯で走っているのか。あれだけ多くのコンビニ物流トラックに、隙間はないのか。タクシーに短距離物流を任せられないか。あるいはクラウドソーシングで、個人の空いた時間に運んでもらう方法はないか。

AIやIoTを活用して、トラックの余力や物流に使えそうなリソースをリアルタイムでマッチングできれば、アマゾン流の新しい物流が構築できるかもしれません。デジタル投資で生産性を抜本的に高めて、"work smart"を目指すというのは、つまりこういうことです。

──日本企業は、そうした未知の領域に挑戦するイノベーティブな姿勢が弱いといわれるのはなぜでしょうか。

国民性や企業文化などではなく、あくまで組織やマネジメントが要因です。

自動車や家電など日本が得意としてきたモノづくり分野では、かつては人々を魅了するようなエキサイティングな商品が次々と生まれていました。近年それが失われているのは、顧客満足度よりも「組織の論理」が優先されているからでしょう。

仮に大企業の開発チームが、スタートアップのような斬新な商品企画を考えたとしても、「当社の社員の雇用を守れるほどの売り上げが期待できるのか」といった論理で一蹴されてしまう。未開拓の潜在ニーズを掘り起こすことではなく、組織体を維持することが優先されると、どうしても保守的なモノづくりに陥ってしまう。

──そこから脱却するために、組織をどう変革すればよいでしょうか。

できるだけ小さな組織をつくって既存組織から分離・独立させていく。さらに、自由度を高めて、組織の論理に惑わされずに意思決定できるようにする。

ハーバード・ビジネス・スクールのクリステンセン氏が『イノベーションのジレンマ』で指摘しているように、最も効率的なバリューチェーンを構築することで成功した企業は、そのバリューチェーンから外れるものをつくれない。だからイノベーションを生み出せなくなっていくと指摘しました。

当然ながら日本企業だけでなく、GAFAと呼ばれるシリコンバレーの有力企業などもこのジレンマに陥る可能性があります。
しかし彼らは強い危機感を持ち、すでに組織のあり方やマネジメントにおいても挑戦を続けています。

日本企業も本気で組織改革に取り組まないと、ますます劣勢となっていくでしょう。最近アメリカで『ルーンショット』という本が話題になっていますが、こうしたジレンマに科学的に取り組むことを提唱しています。

──イノベーションの創出にはダイバーシティが不可欠といわれます。

異なる知がぶつかり合うことでイノベーションが生まれる。顧客がこれだけ多様化しているのに、企業側の人と組織が多様化していかなくていいわけがないです。日本はつい最近まで、家事・育児を担わない男性社員を軸に会社組織をつくることに慣れすぎてきました。同質性の高い組織では人の知は進化しないのです。人類の叡智はもっと意欲的に使ったほうがいい。

多様性が求められるということは、「良い人財」の尺度が変わったということでもあります。従来の尺度で埋もれていた人たちのなかに、素晴らしい人財がいるかもしれない。ダイバーシティの時代の到来で、人財の可能性は高まったと見るべきです。

もちろん多様性の高い組織をマネジメントするのは簡単ではない。みんなが共感でき、一緒に向かっていきたいと思えるようなビジョンを示せるか。一人ひとりの個性を見極めてモチベーションを高め、能力を発揮してもらうことができるか。ダイバーシティの時代は、マネジメント層のリーダーシップが試される時代でもあるといえます。

──最後に、働く個人に対し何かアドバイスをお願いします。

昔からいっているのは、「就社」ではなく「就職」の意識を高めろということ。どこそこの会社に入りたいと考えるのが「就社」。そうではなく、自分は将来チーフ・マーケティング・オフィサーになりたいから、まず広告代理店でマーケティングの基本を学んで、次にモノづくり企業で実際に商品開発に携わりたいなどと考えるのが「就職」です。

就職志向を強めると、おのずと自分のキャリアを真剣に考えるようになります。これだけ不確実性の高い時代なのに、いまだにキャリアを会社任せにしている人がいるのは残念。自分でキャリアをデザインする力は不可欠です。
会社側も、数年で転職しようと考えている人財を敬遠するのではなく、「その数年で最高の成果を出すマネジメントをしよう」あるいは「彼らが辞めないよう魅力を高めよう」と考えましょう。そんな魅力的なマネジメントをしていれば、きっと社員は辞めません。

これからの日本企業も、そうしたキャリア自律した社員が活躍するプロフェッショナル集団を目指すべきです。

Profile

米倉誠一郎氏
一橋大学イノベーション研究センター名誉教授
法政大学経営大学院
イノベーション・マネジメント研究科 教授

一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。ハーバード大学Ph.D.(歴史学)。2017年より現職。イノベーションを核とした企業の経営戦略と発展プロセスを専門とする。著書に『イノベーターたちの日本史』(東洋経済新報社)、『創発的破壊 未来をつくるイノベーション』(ミシマ社)、『経営革命の構造』(岩波新書)など。季刊誌『一橋ビジネスレビュー』編集委員長、大手町・丸の内・有楽町(いわゆる大丸有)界隈のビジネスパーソンを中心としたSDGsをターゲットとした「ソーシャル・イノベーション・スクール」を2020年1月に立ち上げている。