仕事の未来 組織 テレワークを起点にニューノーマル時代にふさわしいワークスタイルの構築を

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2020.09.08

新型コロナウイルスの感染拡大がもたらした大きな変化の1つは、テレワークの急速な普及だ。
せっかく導入したテレワークを一時の緊急対策に終わらせず、今後は生産性の向上やイノベーションの創出につなげることを目指すべきといえよう。
そこで、雇用・人事制度やマネジメントの見直し、働く側の意識改革などはどうすべきなのか。
日本のテレワーク研究の第一人者である東京工業大学 環境・社会理工学院教授 比嘉邦彦氏に、テレワークの本質的な意義、ニューノーマル時代にふさわしいテレワークのあり方、生産性向上に結びつけるための留意点、働く個人の心構えなどを聞いた。

コロナ禍を背景にテレワークが普及労働観や生活スタイルが変わる契機に

新型コロナウイルス感染拡大の経験に端を発し、将来にわたってパンデミックのリスクを避けるため、「ニューノーマル」と呼ばれる新たなワークスタイルの構築が求められている。

ニューノーマルの重要な要素になると考えられているのが、テレワークの常態化だ。以前からその意義は認識されていたものの、日本では普及が遅れていた。

総務省の2018年調査によれば、制度として導入している企業は全体の19.1%にすぎなかった。(図1参照)

図1企業のテレワーク導入率

企業のテレワーク導入率

2018年総務省「ICTによるインクルージョンの実現に関する調査研究」では、テレワークを利用したいという希望を持つ雇用者を対象に、テレワークを利用するうえでの課題について尋ねたところ、「会社のルールが整備されていない」(49.6%)との回答が最も多かった。

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実際の利用度はさらに低く、制度導入済みの企業のうち、利用者数が従業員の5%未満だという企業が48.4%にものぼった。

コロナショックによってこの状況は劇的に変化した。内閣府が20年5月下旬から6月上旬に実施した調査によると、全国約1万人の回答者のうち、テレワークを経験したのは34.6%。東京23区に絞れば55.5%が経験したという。また同調査で、東京23区のテレワーク経験者のうち9割が「継続して利用したい」と回答している。

テレワークが普及すれば、人々の労働観や生活スタイル、企業の人財に対する考え方などが大きく変わる可能性がある。その一方で、テレワークを前提としたマネジメントや人事評価の確立、社内コミュニケーションの維持、働く個人のセルフマネジメントの実践など、本格的に定着させるためにはさまざまな課題もある。

最も重要なのは「経営者のコミットメント」だと比嘉氏は話す。

「日本でテレワークの普及が遅れた大きな理由は、経営者にとってメリットが見えにくかったことだと考えています。『三方よし』の結果をもたらすテレワークなのに、働く側のメリットや社会的意義しか理解されてこなかった。経営者が競争力の高い組織づくりを目指し、そのうえコスト効率も良く柔軟性のある組織を意識していたら、テレワークは手段として極めて有効であることに気づいてほしい。今回のコロナショックが大きな契機となり、経営者のコミットメントが高まって、ニューノーマル時代にふさわしいワークスタイルの構築が進むことを期待しています」

テレワークは人財獲得やイノベーション創出にもつながる

比嘉氏によれば、経営サイドにとってテレワーク導入のメリットは主に3つあるという。(図2参照)

図2テレワークは経営にメリットをもたらす

1

オフィス床面積の縮小による、コスト削減

2

柔軟な働き方の整備による、人財獲得力の向上

3

ダイバーシティ&インクルージョンによる、イノベーション創出

経営者は、テレワークは企業と従業員双方に恩恵をもたらすことを意識したい。

最もわかりやすいのは、コストメリットだ。原則として全社員がオフィスで働く従来のワークスタイルでは、通勤費やオフィスビルの賃料等が発生するが、テレワークが標準になればこれらのコストの大幅な削減が見込める。

実際、テレワークのほうが生産性が高まると感じた一部の経営者は、オフィスに集まる必要性が薄れたと判断し、ビルの賃貸契約を見直し始めている。

「企業にとって『コスト削減』と『収益性』はトレードオフの関係にあり、コストを減らせば何かが犠牲になってしまうのが通常です。しかし、テレワーク導入に伴うコスト削減は、トレードオフではなく、削減効果だけを享受できます。しかも一過性のものではなく、継続すればコスト削減効果はずっと続きますよね。

ただしコストメリットを享受するには、テレワークを一部の社員に対して例外的に認めるのではなく、全社的に取り入れること。小規模で、週数回、数人が利用する程度ではコスト削減効果はほとんど出ません」

2つめのメリットは、人財獲得競争において優位になり得ることだ。

「ほかの条件がだいたい同等であれば、在宅勤務制度を全社的に導入した実績のある企業の方が、新卒採用や中途採用の応募者が増えるという例が出ています。また、テレワークの導入により柔軟な働き方が可能になるため、育児や介護などを理由にした離職を防ぐ効果も期待できます。

現状では、大手企業よりも中小企業の方が、その効果が現れやすいようです。ただ、アフターコロナ時代に入って数年もたつと、テレワーク導入に本気で取り組んだ企業とそうでない企業とでは、人財獲得において差が出てくるはずです。テレワークに関する環境整備は、人財の獲得競争において重要な要因になるでしょう」

3つめのメリットは、テレワークがイノベーション創出の契機となり、中長期的な競争力を高める効果があることだ。

多様性がイノベーション創出につながることは以前から知られている。ジェンダーやナショナリティーなど外形的な多様性ではなく、価値観やバックグラウンドの異なる人たちが集まって交流し、多様な知のぶつかり合いをどれだけ生み出せるかがイノベーション創出にとっては重要だ。

「そのためにシリコンバレーの先進的な企業などは、大規模なカフェのような交流スペースを社内に作って、自由にディスカッションできるようにしています。とはいえ、そういう物理的な場での交流には限界があります。時間がたつと、結局似たような人たちだけが集まるようになり、イノベーションが生まれないことが実証されています。

より多様な人財が自由に交流できる場は、ネット上のサイバースペースの方がはるかに実現しやすいでしょう。つまり、テレワークはその意味でも親和性が高い。今後はface to faceの対話の機会が減る一方で、サイバースペースでの交流は活発化していくでしょう。デジタルへの抵抗感のない人たちが、国境を越えて世界中から集まるようになれば、これに勝る『多様な人財の交流』はありません。それを当たり前に実践できる企業は、中長期的に見てイノベーション力が高まるはずです」

もちろん働く側のメリットも多い。大都市圏においては通勤時間の苦痛から解放され、仕事のために住環境を犠牲にするという発想が不要になる。テレワークが普及すれば、ライフスタイルを優先して住む地域を選ぶ傾向が強まるだろう。また、ライフステージに合わせた働き方が選びやすくなるのも利点だ。働く時間の自由度が高まるので、育児や介護などに対応しやすくなるほか、自分のキャリアに応じて社会人向け大学院のような学びの場を利用しやすくなる。

さらにもう1つの重要な意義として比嘉氏が挙げるのが、ワーカーとしての意識変革の契機になることだ。全員が同じ職場にいて、常に上司が働きぶりを監視しているのとは異なり、一人ひとりが分散して働くテレワークでは、組織において自分がどんな価値を生み出すことが求められ、そのために今何をすべきか、仕事のプロセスや結果をどのように上司に伝えるべきかなどをより自律的に考え、行動するセルフマネジメントが不可欠になる。

「働き手は今まで以上にプロフェッショナリティが要求されるということです。しっかりと対応してエンプロイアビリティ(雇用される能力)を高めれば、労働市場における自身の価値が高まり、マーケタブルな(市場価値のある)人財となることで、転職や再就職の際に有利になります。優れた働き手が増える契機になり、産業界全体にとっても良い影響が期待できるのです」

ジョブ型への移行の前に「タスクのチケット化」を実践

企業として、テレワークを定着させ、生産性向上や業務の効率化に結びつけていくには、やるべきことは多い。

まずは、社内外の情報共有や事務手続きの電子化だ。法律で紙の書類提出を規定されているものや、取引先が紙でのやり取りを求めているケースもあるだろうが、社内業務は電子化をすぐに推し進めるべきだ。実際、書類への押印を必須としていた社内手続きを今回の自粛要請を機に改めた企業は多いだろう。

次に重要なのが、対面による働き方を前提としない人事管理・評価、ワークフローの構築である。

「今までface to faceでやっていた働き方を、そのまま在宅勤務でやろうとして失敗している例が多くあります。仕事内容は同じだとしても、ワークフローから管理・評価の仕方までを見直す必要があります」

日本では終身雇用を前提に、企業が職務を限定せずに人財を採用する「メンバーシップ型」の雇用が定着している。職務範囲が明確でなく、賃金は労働時間に応じて支払われ、プロセス重視で人事評価される。このやり方は、遠隔で個別勤務するテレワークにはなじみにくいと以前から指摘されてきた。

そこで最近は、職務内容をあらかじめ明確化し、成果重視で評価する「ジョブ型」を取り入れる例が日本でも出始めている。ただ実際には、メンバーシップ型からジョブ型への移行は、従来のピラミッド型の組織自体を見直す必要があり、短期間で行うのは難しい面もあるという。

「そこで私が提案しているのは、『タスクのチケット化』の推進です。現場で上司が部下に任せているさまざまな仕事は、タスク(具体的な作業)という単位で分解できるはずです。上司はその仕事にどんなスキルやリソースが求められ、どのくらいの工数がかかるのかをあらかじめ定義する。そのうえで、部下に『あなたの仕事はこれですよ』とチケットを渡すイメージで、見える化して仕事を差配していく。上司は個々の部下の能力やスキル、経験値などをきちんと把握しておかないと正しい差配ができません。

逆にこれができれば、あとはそのタスクごとにマイルストーンを設けておくことで、最終成果物を待たずとも、上司はマイルストーンごとにチェックができ、部下のマネジメントや評価が可能になります。比較的ルーティン化している仕事から取り入れていけば、タスク単位での仕事の標準化が進むでしょう。それを基盤にして、人事や総務が全社的な標準化を図ればよいでしょう。

テレワークでのマネジメントや評価がしやすくなるだけでなく、仕事の効率化を図るための指針にもなりますから、ぜひここから取り組んでみてほしいですね」

キャリアビジョンを明確にしプロワーカーとして働く時代に

最後に、テレワークが常態となるニューノーマル時代において、働く側に何が求められるのかを見ていこう。(図3参照)

図3働く個人はメリットとともに、意識改革が重要に

1

住環境の選択の自由が広がる

2

ライフステージに合わせた働き方ができる

3

リカレント教育等、学習時間が確保しやすくなる

セルフマネジメント力の向上が何より必要になる。時間管理、自律的な働き方、組織への貢献を成果として出すなど、プロフェッショナリティが求められる。

まず意識しておくべきは、前述の「セルフマネジメント」が非常に重要になることだと比嘉氏は話す。

「具体的には、例えばオン・オフの切り替えを自分なりにどうするか。切り替えができないと、だらだらしてしまったり、集中しすぎて長時間労働になってしまったりする可能性があります。

私が勧めているのは、働き手自身がルーティンを決めることです。例えば、仕事に入るときには必ず襟のある服に着替えるなどと決めておく。書斎やワークスペースを確保できる人は、その部屋に入った瞬間に仕事モードになるのだと自分で決める。その部屋を出たら、あるいは服を着替えたら、そこからはオフ。これを実践するとオン・オフの気持ちの切り替えがしやすくなり、オフもリラックスできます」

もう1つ重要なのが、「プロフェッショナリティ」を意識することだと比嘉氏は言う。

「『働く=出社する』から『働く=テレワークする』が当たり前の時代が来るかもしれない。自ずと自分自身を『プロワーカー』として意識する必要性が出てきます。オフィスでの働きぶりや労働時間で評価してもらう時代ではなくなりますね。やった結果が見えやすくなり、言われたことだけをこなしている人は求められなくなります。

ですから、自分は何によって会社や組織に貢献できるかを明確に示す必要があるし、自分のキャリアビジョンに真剣に向き合うことが求められる。そんな時代がまもなく訪れることを理解しておくことが大切だろうと思います」

Profile

比嘉邦彦氏

比嘉邦彦氏
東京工業大学 環境・社会理工学院教授

米国アリゾナ大学経営情報システム専攻Ph.D修得。ジョージア工科大学管理学部情報技術管理学科助教授等を経て、1999年より現職。専門分野はクラウドソーシング、テレワーク全般、組織改革等。日本テレワーク学会特別顧問、日本テレワーク協会アドバイザーも務める。