慢性的な人手不足や生成AIの急速な台頭など、日本の雇用と労働の現場は大きな変革期にある。
そうしたなか、個人事業主や高年齢労働者の保護強化に加え、ハラスメント防止に関する法整備や、外国人労働者の受け入れ制度の整備など多様な人財が活躍できる労働環境づくりが進められている。
2026年以降の雇用・労働の動向を、キーワード別に専門家に語っていただいた。
キーワード
総論:2025〜26年の労働関連法制の動向を概観する
2025年は5年に1度の年金制度改革が行われる年に当たり、厚生労働行政の「厚生」部門の法改正が中心に行われ、「労働」部門においても労働安全衛生法の抜本改正をはじめ、カスハラ・就活セクハラなどハラスメント対策強化を目的とした法整備など、実務に大きな影響を及ぼす法改正がなされた。
2018年に働き方改革関連法が成立し、2020年に「同一労働同一賃金」を定めた法律が施行された。2026年は、施行後6年に当たり、「同一労働同一賃金」関連の法制などについて見直しが行われる見通しだ。具体的には、指針である『同一労働同一賃金ガイドライン』の見直しや、『パートタイム・有期雇用労働法』施行規則の改正、『労働者派遣法』の指針改正などが進められる。
2026年には労働基準法改正も予定されていたが、2025年10月に発足した高市政権が厚生労働省に対し、「心身の健康維持と従業者の選択を前提にした労働時間規制の緩和の検討」を指示。厚労省は2026年の通常国会提出予定だった労働基準法改正案について、提出を見送っている。
労働法・労働政策に詳しい早稲田大学教授の水町勇一郎氏は、「労働時間規制の緩和はすぐに実施できるわけではなく、健康維持という前提のもと、働き手本人の希望に沿った制度設計のためにどのような要件が必要になるか、実態調査を踏まえて検討する必要があります。例えば、裁量労働制のはずなのに実質的な裁量が少なく、長時間労働を強いられているケースも考えられます。こうした課題を踏まえ、実効性の高い制度設計のための議論を今後半年程度かけて重ねていくことになるでしょう」と語る。
労働基準法改正は、2027年に持ち越される可能性が高い。いずれにしても2026年から2027年にかけて、労働関連法制の大規模な見直しに向けて、さまざまな議論が活発になされていくのは間違いない。企業の人事・労務担当者としては、今後の動向に注目しておく必要があるだろう。
また、近年、人財や働き方の多様化に加え、社会からの要請の高まりなどを背景に、企業が向き合うべき労働分野の課題は年々複雑さを増している。それに伴い、労働関連の制度も、法律や施行規則にとどまらず、各種指針やガイドラインまで含めて重層的に拡張されてきた。企業は法令遵守のために、多くの人的・時間的リソースを割かざるを得ない。
そのなかで重要な論点の1つとなっているのが、労働基準法改正の議論でも重要視されている「労使のコミュニケーション」だ。原則的なルールは国が提示し、企業はそれを踏まえて従業員らと協議を重ねることで、企業ごとの実情に応じた柔軟なルール運用につなげていくことが期待されている。
「忌憚のない意見を出し合える“集団的な話し合いの場”を社内に醸成していくことが不可欠です。前向きな対話を通じて、労働環境や待遇が改善されれば、働き手の安心感ややりがいが高まり、定着率の向上や優秀な人財を呼び込むことにもつながるでしょう。いかに働き手が気持ちよく、安心して働けているかを人事労務管理の中心に据え、そうした機運を今後の労働基準法改正の議論につなげていくことが重要です」(水町氏)
労働法制は、労働時間規制の見直しに加え、安全衛生、ハラスメント防止、公正処遇、高齢者雇用と年金制度などへと論点を広げながら、働く人を取り巻く環境全体を見直す局面に入っている。企業には、個別の法改正にその都度対応するだけでなく、自社の働き方や人事制度を総合的に見直していく視点が、これまで以上に求められている。
1:労働基準法の改正
健全な労使コミュニケーションの仕組みづくりと労働者の健康確保のための議論が進む
労働基準法は2027年に、1987年以来40年ぶりの大改正が行われる見通しだ。改正は、「労働基準関係法制に共通する総論的課題」と「労働時間法制の具体的課題」という2つの観点で検討されている。前者で注目したいのが「労使コミュニケーション」。具体的には、「過半数代表者制度」の基盤を明確化することを目指している。労使協定などを締結する際に労働者側の当事者となるのは、事業場の労働者の過半数で構成する労働組合(過半数組合)、または組合がない場合は過半数を代表する個人(過半数代表者)とされているが、課題もあるのが現状だ。
「日本企業の99パーセント以上に過半数組合がなく、過半数代表者も適正に選出されていないのが実情です。今回の法改正では、過半数代表者の選出の仕方、選出後の役割の明確化、それらに関する法的なサポートなどを行い、健全な労使コミュニケーションの仕組みを、組合のない会社にも作っていくことを目指しています。現状、過半数組合がない企業は、この法改正への対応が求められることになります」(水町氏)
一方、「労働時間法制の具体的課題」での注目点は、主に次の3つだ。
1 連続勤務日数の上限設定
働き方改革の一環で、時間外労働については上限が罰則付きで設けられたが、休日について明確な定めがない。定期的な休みの確保を法的に義務付けていく考えだ。具体的には、2週間以上の連続勤務を防ぐ意味で「13日を超える連続勤務をさせてはならない」との上限を罰則付きで導入する予定だ。
2 フレックス・テレワーク等の柔軟な働き方
週5日すべてでなくても、部分的なフレックスタイム制の利用を認める「部分フレックス」の導入が検討されている。テレワークに限らず、特定の日については就業規則等で定められた始業・終業時刻通りに出退勤し、それ以外の日は始業・終業時刻を働き手が選べる仕組みになる見通しだ。
3 副業・兼業の場合の割増賃金
労働者の自発的な判断で副業・兼業先で働いた結果として長時間労働となった場合の割増賃金の支払いの取り扱いについて、欧州の労働時間規制に倣い、「健康確保のための労働時間規制では通算を残すが、割増賃金の計算については通算を外す」案が検討されている。ただし、割増賃金を企業に課すことが長時間労働の抑止力となり、健康確保のためにも必要とする意見もあり、今後の議論を注視しておく必要がある。
2:労働安全衛生法改正
あらゆる人が安全で快適に働ける職場環境に向けた法整備
職場における労働者の安全・健康の確保と、快適な職場環境の形成促進を目的とする「労働安全衛生法」の改正法が、2025年5月に成立。主要な改正点は2026年4月に施行された。特に大きな要素は3つある。
1つは、個人事業者・フリーランスを労働災害の保護対象としたことだ。これまでは労基法上の労働者である自社雇用の従業員を中心に制度設計されていたが、同じ現場で働く個人事業者がいるときには、それも含めた安全衛生体制の整備を求めている。具体的には、危険を伴う作業や有害物質を扱う現場に自社の従業員と、いわゆる“一人親方”が混在作業しているようなケースを想定して、安全配慮義務の明確化や設備・機械・建築物の安全措置の義務付けなどを求めている。主な対象となるのは建設業界などだが、近年、業務委託という形で働くプラットフォームワーカーが増えていることを踏まえ、こうした働き方を仲介するプラットフォーマーに対して配慮を求めることも、方向性として示されている。
2つめはストレスチェック義務対象の拡大だ。従業員が1人の企業を含むすべての企業が対象となる。これを機に、ストレスチェックを職場環境の改善やメンタル不調の未然防止につなげる仕組みとして前向きに活用していくのがよいだろう。
3つめは高齢者の安全対策。今回の改正では努力義務とされ、厚労省が今後策定する指針に沿った対応を企業に促していく予定だ。
「70代になってからも元気に働き続ける高齢者が増え、それと同時に、かつての60歳定年制を前提とした健康管理では対処しきれないさまざまな課題が生まれています。政府としても直ちに何らかの措置を義務付けるのではなく、高齢者が当たり前に働く職場の安全対策に対して、指針を通じて意識を高めてもらうことを想定しています。企業としては、将来的には努力義務から措置義務にすることも視野に入れながら、今から少しずつ対策を始めていくことが望ましいです」(水町氏)
3:労働施策総合推進法の改正
社外の加害者・被害者がハラスメント対応の対象に
「労働施策総合推進法」は通称パワハラ防止法とも呼ばれ、働く人々の人格を守り、多様な働き手が安定して働けることを目指す法律である。これまで対象範囲をセクハラ、マタハラ、パワハラへと広げ、企業に対し防止措置義務を課してきた。今回の改正では、カスタマーハラスメント(カスハラ)と就活セクハラが防止措置義務の対象になった。2026年10月に施行される。
同法はこれまで、いずれのハラスメントについても、企業に対し「基本的な対応方針を示すこと」「相談窓口を設置すること」「ハラスメントの申し立てがあった場合には調査を行い、事後的な対応を取ること」などを求めてきた。ただ、今回の改正が従来と異なるのは、社外の人物が関わってくることだ。
不特定多数によるハラスメントへの方針をどのように策定し、どう周知するのか、どのような防止措置を講じるのか。また加害者が社外の人物の場合、懲戒処分などもできないため、実際にハラスメント行為が行われた際、どう対処するのか。いずれも判断は難しいことが想定される。
「施行に向けて、厚労省が指針を示す予定ですが、その指針だけで自社が取るべき対応が直ちに明確になるとは限りません。さらにカスハラの背景として、従業員側の対応に何らかの要因がある可能性も否定できません。加害行為への対応にとどまらず、原因の分析なども併せて求められる点が、対応を一層複雑にしています。企業としては専門家と相談しながら、自社の業態や現場に即した具体策を施行までに検討していくことが必要になります」(水町氏)
また、就活セクハラについては近年、深刻な個別事例も明らかになっており、企業は施行を待たず早急に対応する必要がある。被害を受けるのは就活生であり、こちらも従来のハラスメント対応だけではカバーできない部分が出てくる。
「労働契約を締結する前の人が被害者なので、周知の仕方を見直したり、相談窓口の間口を広げたりする工夫が必要になります。今回の改正は、社外の加害者によるハラスメントや社外の被害者に対するハラスメントまで、企業に法的な対応を求めるものであり、非常に重要な改正だと思います」(水町氏)
4:年金制度改正法/在職老齢年金制度見直し
高齢者雇用においても個々の状況に応じた柔軟な対応を
2026年4月、働き方に密接に関わる年金制度改正が行われた。在職老齢年金制度の見直しである。この制度は、年金を受給しながら働く高齢者のうち、一定額以上の報酬を得ている人の年金支給額を減らすというもの。厚生年金が対象で、具体的には賃金と厚生年金の合計が月50万円(2024年度時点)を超えると、超えた額の半分相当の年金支給が停止される。
厚生年金の支給開始年齢の60歳から65歳への引き上げに伴い、高年齢者雇用安定法により、企業には希望する人に65歳までの雇用を確保することが義務付けられた。定年で職を失ってかつ年金も受けられないという空白期間を防ぐためだ。ただ雇用が65歳まで延びた際、賃金は減る場合もある。在職老齢年金は事実上、賃金と年金を組み合わせて60歳から65歳までの移行期間をつなぐ調整機能を果たしてきた面がある。
しかし一方で、この制度は、高齢者の“働き控え”を促すことも指摘されていた。そこで今回の改正では、前述の上限を引き上げ、賃金と厚生年金の合計が「月65万円以下」であれば支給停止はなく、厚生年金は満額支給されるようにする。
現在、年金の標準的な受給開始年齢は65歳だが、今後はこの年齢を一律に引き上げるよりも、60歳から75歳までの間で、本人の働く意欲や体力、能力に応じて受給開始の時期を自由に選べる制度へと移行していくことが望ましいと水町氏は話す。高齢になっても働き続けて、受給開始年齢を後ろ倒しにする人が増えることは、年金財政の面からも好ましい。こうした行動を後押しするためにも、働いて一定以上の収入を得ると年金額が減額されてしまう在職老齢年金制度は、将来的には廃止していくべきだと水町氏は指摘する。
「年金制度としては、就労の有無や賃金水準に左右されにくい仕組みに転換していくことになります。企業側にも意識改革が求められます。現在、70歳までの就業継続は努力義務ですが、将来的には義務化される可能性が高い。年金との兼ね合いを理由に賃金を抑えたりせず、年齢にかかわらず、その人の能力や役割に応じた賃金を適切に支払うという発想へ、高齢者雇用のあり方を改めていく必要があるでしょう」(水町氏)
5:外国人雇用/育成就労制度
外国人財の適正な活用に十分な制度の整備が肝要
従来の「技能実習制度」に代わって、2027年4月から「育成就労制度」の導入が始まる。
技能実習制度は、安価な労働力の調達手段として活用される側面があり、賃金未払いなどの問題や人権侵害に当たるといった批判のほか、母国と日本の両方で高額な手数料を搾取される「二重ブローカー問題」も指摘されてきた。また、計画に沿って技能を磨くという制度の性質上、転職は認められていない。就労先で人権侵害に当たるようなトラブルがあっても、辞めたら強制送還となるため、失踪してしまうケースも見られた。
(注1)特定技能1号の試験不合格となった者には再受験のための最長1年の在留継続を認める。
(注2)育成就労制度の受入れ対象分野は特定技能制度と原則一致させるが、特定技能の受入れ対象分野でありつつも、国内での育成になじまない分野については、育成就労の対象外。
出典:出入国在留管理庁
育成就労制度では、外国人の育成と国内の人財確保を目的とすることが法的に明確化される。また、就労して1~2年後には転職も可能になる。
「技能実習制度での課題を解消できるようなものになるかは、まだわかりませんが、育成就労で来日した労働者が、試験を経て特定技能1号・2号へと進める連続的な制度となっており、中長期的な就労機会と人財育成の枠組みとして位置付けられたのは良い点だと思います」(水町氏)
外国人雇用の法的ルールには、他にも課題がある。例えば特定技能1号の在留資格では、5年間は家族が帯同できない。働き手としては将来の生活設計が立てにくく、受け入れ側としても中長期的な戦力として育成しにくい。他方で、人手不足が深刻化する日本企業にとって、優秀で真面目に働き、英語も話せる外国人労働者は魅力的な存在だ。そこで一部の日本企業の間では、専門性の高い在留資格である「技術・人文知識・国際業務(技人国)」や、日本で起業する外国人の在留資格である「経営・管理」を用いて外国人に働いてもらう例が増えているが、その一方で、制度の悪用や乱用も生じているという。
外国人労働者はこれからも増加していくことが想定され、今後の動向が注目される。
6:AIと労働法制
AIによる監視・管理から人間を守るための議論を
人間の仕事のあらゆる場面にAIが本格的に組み込まれるようになると、指揮・命令の主体が人間ではなく、アルゴリズムへと移行していく可能性がある。例えば、パソコンやスマートグラス、ウェアラブル端末などを通じて、AIが働き手の身体情報や行動をリアルタイムで把握し、最も効率的で生産性の高い業務のやり方を指示する、といったイメージだ。人間が心地よく働くためにAIを活用したつもりが、結果として人間が過度に監視されたり、望まない働き方を強いられたりするといったこともあり得る。
「企業が従業員の健康管理などを目的にウェアラブル端末の装着を義務付ければ、『常時監視』の労働環境が広がります。パソコンさえあればどこでも働ける時代なので、監視の対象が私生活にまで及ぶおそれさえもあります。働く時間と私生活の境界が曖昧になるなかで、人間の人格や働く尊厳をいかに守るか。労働密度が過度に強まってしまう危険性に対し、どのような制約を課していくか。欧州を中心に非常に重要な論点として議論されています」(水町氏)
すでに欧州では、「人格や尊厳に関わる情報は収集・自動処理してはならない」といった原則を法制度化する案が検討されているという。さまざまな論点を含むため、従来の労働法の枠組みを超えた、新たな法体系の構築が必要となる可能性もある。
「労働とAIをめぐる法制度についての議論は、日本は大きく立ち遅れているのが現状です。AIを活用する議論だけでなく、『AIに監視・管理される側』としての人間をいかに法的に守るか、日本でも本格的に議論していくことが必要でしょう」(水町氏)
Profile
水町勇一郎氏
早稲田大学 法学学術院 法学部 教授
1967年生まれ、東京大学法学部卒業。東北大学法学部助教授、パリ西大学客員教授、ニューヨーク大学ロースクール客員研究員、東京大学社会科学研究所教授などを経て、2024年度より現職。専門は労働法学。働き方改革実現会議議員、新しい資本主義実現会議三位一体労働市場改革分科会委員、規制改革推進会議働き方・人への投資ワーキング・グループ専門委員、労働基準関係法制研究会参集者等を歴任。著書に『労働法〔第10版〕』『集団の再生――アメリカ労働法制の歴史と理論』『労働社会の変容と再生――フランス労働法制の歴史と理論』『パートタイム労働の法律政策』(有斐閣)、『詳解 労働法 第3版』(東京大学出版会)、『労働法入門 新版』(岩波新書)がある。