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解像度の高いビジョン策定と迅速な実装を
AIが組織の構成要素となる時代の経営者に求められる構想力とスピード感

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2026.03.13
解像度の高いビジョン策定と迅速な実装を AIが組織の構成要素となる時代の経営者に求められる構想力とスピード感

AIは、単なる効率化のためのツールではない。いかにAIを自社に深く取り込み、新たな顧客価値や事業創造に結びつけるのかが重要だが、そこに苦戦している経営者は多いことだろう。
バリューアップにつなげるための企業のAI活用を支援するスタートアップ企業 Laboro.AIの代表取締役CEO椎橋徹夫氏に、企業が目指すべきAI活用の具体像や、AIがもたらす組織の未来像、経営者に求められる視点などについて聞いた。

なぜAIの本格導入が進まないのか
浮き彫りになるAIの壁

DXの本質は、単に業務のデジタル化を進めることではなく、デジタル技術を起点に事業や組織を革新=トランスフォーメーションすることだ。AI活用も同様で、その真のインパクトは、AIを使ってビジネスモデルを抜本的に変えたり、顧客への提供価値自体を刷新したりすることにある。しかし実際には、多くの企業が既存業務の効率化にとどまり、その先のフェーズに移行できていないのが現状である。

図1 組織内におけるAI導入から活用までの変化イメージ

 組織内におけるAI導入から活用までの変化イメージ

AI導入初期からフェーズが進むにつれて、社内でのAI活用の内容は複雑化・難化する

出典:椎橋徹夫氏のインタビューを基に作成

これはAIの導入フェーズが進むにつれて、実践の難度が上がるためだと椎橋氏は指摘する。図1に示したように、多くの企業が早い段階から、ChatGPTなどの生成AIを社員が自由に利用できる環境を整備したはずだ(フェーズ1)。また一歩進んで、「検索拡張生成(RAG)」と呼ばれる技術を取り入れている企業も多い。RAGは既存の社内データベースなどと連携し、必要な情報をAIに検索させ文章を生成する技術で、FAQボットなどに応用できる(フェーズ2)。

しかし、さらに一歩進めて自社の事業に本格的に組み込むには、業務プロセスそのものを見直す必要がある(フェーズ3)。人が担う部分とAIが担う部分を再設計し、フロー全体をつくり変えることが不可欠だが、地道な試行錯誤を重ねないと、AIと人間の最適な分担は見えてこない。加えて「ハルシネーション」を考慮するなど、情報の正確性を担保する仕組みも必要だ。本格的な活用フェーズに進めば進むほど、難度は高まり、企業の課題感は強くなると考えられる。前述のように、Adecco Groupの2025年度グローバル調査では、AI導入戦略に強い自信を持っていると回答した経営幹部の割合が低下傾向にあるが、それにはこうした事情が影響していると考えられる。

「AIに関する技術的な課題というより、業務をどこまでトランスフォーメーションできるかという経営課題に近いものです。言い換えれば、企業がその難しさに気づき始めているのは前向きな兆しであり、大きな変革に向けてさらなる一歩を踏み出している証拠ともいえます」(椎橋氏)

「トレードオフの壁の突破」で、AI活用による新たな価値創造へ

AI活用が難しいフェーズに入ってきているのは確かだが、これを乗り越えれば、企業として新しい価値創造への道が拓けると椎橋氏は話す。ではAIを活用した新たな価値創造とは何か。椎橋氏は「AI活用によるトレードオフの壁の突破」を挙げる(図2参照)。

図2AI活用によるバリューアップ

AI活用によるバリューアップ

「質と量」など、人間の力のみでは両立が困難だった価値提供も、AIを活用すれば実現可能となる

出典:椎橋徹夫氏のインタビューを基に作成

例えばスーパーマーケットやコンビニエンスストアなどマス顧客を対象とした小売りでは、セルフサービスを導入することで多様な商品群を提供しているが、接客に割けるリソースには限りがある。そのため顧客の好みに合った商品をレコメンドしたり、心に残る体験価値を提供したりするのは難しい。一方、高級ラグジュアリーブランドでは、顧客一人ひとりに専任スタッフが付き、単にモノを売るのではなく、そのブランドでしか得られない体験や世界観などを提供している。しかしその分、対応できる顧客数には限界があるため、ある程度の客単価が望めなければ成立しない。

このようなトレードオフにある2つの提供価値の壁も、AIなら突破できる。顧客一人ひとりの属性情報や購買履歴などをAIが解析し、コンシェルジュのように寄り添って購買体験をサポートしたり、顧客が気づいていないニーズを提案したりする方法だ。

「AIを活用することで、効率性重視のセルフサービス業態を、ホスピタリティを伴う販売モデルへと進化させることも可能です。顧客単価の上昇や、より豊かな購買体験の提供につながるでしょう。これまでのように、マスに効率的に売るか、少数に手厚く売るかという『トレードオフの壁』を、AIは打ち破ることができるのです」(椎橋氏)

同様に、製造業が抱える「開発スピードか、安全性か」というトレードオフの壁も突破することが可能だ。厳格な安全性が求められる自動車などの場合、新製品を生み出すまでに何度もの試作と検証を重ねている。しかも、それを新素材の開発段階から、部品、モジュール、最終製品と順を追って行う必要があり、開発期間は長くなりがちだ。しかし、デジタルツインとAIを組み合わせれば、素材開発と車両設計を仮想空間で同時並行的に進めることができる。将来的には試作をほとんど行わず、AIが設計・検証・改良を繰り返すことで、最終段階で一気に製造へ移行することも可能だろう。

「これは単なる効率化にとどまらず、ものづくりの考え方の根本を変える革新です。日本の製造業がこのアプローチを先行して確立できれば、国際競争における新たな優位性を築くことにつながるはずです。難しいフェーズに入っていますが、ぜひともここを乗り越えて、新たな価値創造に取り組んでいただきたいです」(椎橋氏)

ビジョン構想力とスピード感、2つの両立が経営者には重要

これらの事例を見てもわかるように、AIの可能性を自社の具体的な事業戦略へと昇華させていくことは、現場の工夫だけではできない。経営全体の意思決定に直結する課題であり、それを主導するのはやはり経営者だ。まずは経営者自身が、本格的なAI時代に向けて、「テクノロジー」と「ビジネス」を結びつけて考えることの重要性を、改めて認識する必要があるだろう。

さらに経営者に求められる能力として、椎橋氏は次の2つを挙げる。1つは、「自社が目指すべき未来像を構想する能力」だ。AIの専門家の力も借りながら、前述の小売業や製造業の例のように、本格的なAI時代の到来を前提に、自分たちがどのような価値を提供していくのか、そのためにどんな変革が必要なのかについて、できるだけ高い解像度でビジョンを描き、社内外に向けて明確に掲げることが求められる。

もう1つ椎橋氏が強調するのが、「時間との競争に挑む覚悟」だ。世界を見渡せば、特に中国企業の意欲的な動きが目立つ。既存の技術にとらわれず、AI前提のアプローチに経営資源をすべて投じ、驚くべきスピードで成果を上げつつある。もちろん日本企業にはこれまで培った匠(たくみ)の技術力や擦り合わせのノウハウといった強みがあるが、この強みは妨げにもなりうる。新しいものづくりへの移行を決断するうえで、これらをすべて捨てるのは難しいからだ。

だが、AI活用に遅れをとれば国際競争で不利になるのは明らかだ。日本の経営者には、強い危機意識と覚悟をもち、スピード感のある意思決定をしていくことが求められる。

「以前は2045年頃とされていたシンギュラリティの見通しも急速に変化しており、最近は『2027年にはAIが人間の知能を超える』ともいわれます。AIを取り巻く技術進化がそれだけ早まっていることを考えれば、じっくりビジョンを描いて取り組む余裕はありません。今後2、3年のタイムラインでビジョンを実現する、というぐらいの危機感とスピード感でAI活用とビジネス変革に取り組むことが、経営者には強く求められるのです」(椎橋氏)

経営陣と現場の協働がカギを握る
AIを新たな構成要素とした組織設計

ビジョンの解像度を高めながら、今後数年でAIを実装して新たなビジネスを立ち上げるのは簡単ではない。この難題を乗り越えるには、ビジネスモデルの全体設計を担う経営陣や企画部門と、実際にAIを組み込みビジネスを動かす現場部門とが緊密に連携し、スピード感を持って試行錯誤を重ねることが欠かせない。

「仮に経営陣が、前述のような次世代型のものづくりに向けたビジョンを掲げた場合、例えばCADや生産管理システムなど現場で稼働している仕組みとどう接続するのか、といった具体的な課題が次々に浮かび上がります。その際、現場の意見を取り入れてビジョンを修正したり、逆にビジョンに基づいて現場のあり方を見直したりと、両者を往復しながら全社的に試行錯誤していく姿勢が不可欠です」(椎橋氏)

企業は階層構造を持ち、経営層、事業部門長、現場社員といった縦のラインで成り立っている。しかし経営層と現場を縦横に行き来し、両者を橋渡しする役割は、これまであまり重視されてこなかった。近年、複数部門を横断的に連携させる取り組みが注目されているが、AI実装を進めるにはそれに加えて、階層を縦断的につなぐ仕組みこそが必要となっていくのだろう。

さらに椎橋氏はもう1つ、経営者に今後求められることとして、AIを「ITツール」ではなく「組織の一員」として捉える視点を挙げている。

ディープラーニング(深層学習)の登場以来、AIの認知度は急速に高まったが、多くの企業にとっては依然として「高度なITツール」という位置づけにとどまる。その導入や管理を担うのも、情報システム部門であるのが一般的だ。

しかし今後は、この構図が大きく変わっていくと椎橋氏は見る。ChatGPTの進化を見てもわかるように、すでにAIの担える領域が広範になり、われわれのアシスタントのような役割を果たし始めている。自律性を備えたAIエージェントも実用化が始まっている。空想世界の話ではなく、AIは「従業員の1人」「組織の新たな構成要素」として捉えるべき存在になりつつあるのだ。

実際、米国エヌビディアのジェンスン・フアンCEOは、数年で従業員を3.2万人から5万人に増やすと同時に、1億体のAIエージェントを導入すると発表している。これは「人間5万人+AI1億体」という新しい組織体への移行を目指しているとも解釈できる。「そう考えると、AI導入の責任を担うのは情報システム部門ではなく、人事部門の役割に近づいていくといえます。AIが導入されれば、人が担うべき役割も変わります。ITツール導入というより、組織論の課題に近づいていく。社員とAIエージェントが混在する組織において、どう顧客価値や社会的価値を最大化するのか。経営者に今後求められるであろう新しい視点だと思います」(椎橋氏)

図3AI活用推進にあたり組織に必要な視点

経営層
スピード感を持った
組織設計の改革に
「解像度高く」取り組む
AIが組織の構成員となる
ことを前提とした組織設計
  • AIを前提としたビジネスモデルをどう構築できそうか
  • 新たなビジネスモデルの実行に際し、ガバナンスやオペレーションはどうアップデートするか
経営層・
中間層・
現場担当者の
壁を越える
「階層縦断」
の視点
中間層・現場担当者
「AIは万能」という
思い込みを捨て、
共に成長を目指す
AIとコワークし、
共に成長するという意識
  • AIに任せる内容や範囲をどう広げるか
  • 自分の仕事の一部をAIに任せるうえで、どういったスキルと能力を磨くことが必要なのか

組織内でAI活用を推進するには、経営層のけん引力が必須となる。同時に、中間層・現場
担当者の意識づけも必要だ。さらに、双方の立場を横断的に捉える視点も欠かせない

出典:椎橋徹夫氏のインタビューを基に作成

部下を育てるようにAIを育て自身も成長する
AI時代に生き残る人財の条件とは

最後に、組織で働く従業員としては、どのような視点が求められるか、アドバイスを聞いた。まずは、いかにAIと協働(コワーク)できるかが重要になると椎橋氏は話す。

たしかにAIの進化は目覚ましく、われわれにとって“働くパートナー”になりつつあるが、決して万能ではない。だからといって「意外に使えないな」と見限るのではなく、AIに適切な役割を与え、その強みを引き出すことが求められる。これは、人間の部下を育て、適切にマネジメントしていくのとほぼ同じ発想といえるだろう。AIと共に働きながらAIを育て、同時に自分自身も成長していく。しかもAIをパートナーとして活用すれば、自分自身の成長スピードも高められるはずだ。AIに任せられる領域を少しずつ広げながら、その段階に応じて、自分はどのスキルを磨くべきかを考える。AIは、自身の成長段階に応じたスキル習得のサポートもしてくれるだろう。

「私がしばしば話しているのは『あなたの仕事をAIが奪うわけではない。しかし、もしあなたがAIとコワークできなければ、AIと上手にコワークできる別の人に、あなたは仕事を奪われるかもしれない』ということです。AIとのコワークを通じて高い価値を発揮できる人財へと成長することが、これからは強く求められる。経営者と同様、個々の働き手も危機感とスピード感を持って、AI活用に向き合っていく必要があります」(椎橋氏)

Profile

椎橋徹夫氏

椎橋徹夫氏
株式会社Laboro.AI代表取締役CEO

米国州立テキサス大学理学部物理学/数学二重専攻卒業。2008年、ボストンコンサルティンググループに入社。東京オフィス、ワシントンDCオフィスにてデジタル・アナリティクス領域を専門に国内外の多数のプロジェクトに携わる。2014年、東京大学 工学系研究科松尾豊研究室にて産学連携の取組み・データサイエンス領域の教育・企業連携の仕組みづくりに従事。2016年、株式会社Laboro.AIを創業。代表取締役CEOに就任。