鈴木健一氏
グロービスAI経営教育研究所所長
グロービス経営大学院教員
野村総合研究所を経て、A.T.カーニーにて経営コンサルティングに従事。グロービスでは2006年の大学院開学から約10年間、大学院運営に携わる。現在は「ビジネス・アナリティクス」「テクノベート基礎」「AI&データサイエンス」等の科目開発・授業を担当。グロービスAI経営教育研究所(GAiMERi)所長としてAIの経営教育への応用を研究推進。

生成AIの急速な進化はとどまることを知らない。米スタートアップのアンソロピック社は、非エンジニアでもAIに命令するだけで多くの「知的労働」を自律的に実行してくれるエージェント型ツール「Claude Cowork」を2026年1月にリリース。SaaS企業の株価が急落するなど、市場に衝撃を与えた。
激変する世の中に対応するため、働き手はどのように自らの価値を見いだし、組織はどのような役割を果たしていくべきなのか。グロービスAI経営教育研究所で所長を務める鈴木健一氏に聞いた。
生成AIの浸透によって昨今のビジネスシーンに起きている変化を、鈴木氏は「言語労働の代替」と定義する。
「ホワイトカラーの仕事とは、極論すれば、すべて言葉を使った『言語労働』と捉えられます。生成AIの真のインパクトとは、『自然言語=普通の人が話す言葉』をAIが自在に操れるようになったことで、ホワイトカラーの多くの業務が代替可能になった点にあるといえるでしょう」(鈴木氏)
そんななか、ホワイトカラーに残された付加価値を、かつて製造業で提唱された「スマイルカーブ」になぞらえて、鈴木氏はこう説明する。
「1990年代の製造業では、上流のデザインや研究開発と、下流のアフターフォローに付加価値が残り、中間の製造工程の価値が下がるという分布が見られました。生成AI時代には、この分布がホワイトカラーの仕事にも当てはまります。具体的には、『課題の設定』に代表される上流工程と、『意思決定・実行』といった責任を伴う下流工程に人間の価値が集中し、情報収集や分析、資料作成など中間プロセスはAIが担うようになるでしょう(図1参照)」
課題解決プロセスにおいて、「情報収集、情報分析、資料作成」といった中流での業務はAIによって汎用化するため価値が下がる。代わりに、意思決定と責任を伴う上流と下流の業務に人間の価値は集中していく。
出典:鈴木健一氏のインタビューを基に作成
きれいな資料を作成することや、膨大なデータを集約することの価値は、相対的に低くなるということだ。
「本来、仕事とは『目的』であるイシュー(Issue)から始まるべきものですが、実際にはイシューが曖昧なまま、分析や資料作成などに多くの時間が割かれてきた面があります。これらの中間プロセスをAIが担うようになれば、人間は『何を解決すべきか』という本質的な問いを立てることと、AIが提案する解決策に対して『責任を持って実行する』という判断を下すことに集中できるようになるでしょう」
ここで重要なのは、上流で設定されるイシューは、「How(解決手段)」と連動するという点だ。
「グロービスでは長らく『Howに飛びつかず、イシューを考えよ』と教えてきました。しかしAI時代においては、イシュー設定の幅は、実はHowの知識量によって決まるという側面があります。今まで解けなかった難問が、AIという強力なHowの進化によって解けるようになる(図2参照)。だとすれば、AIで何ができるか、その限界は何かという知識や体験値を身に付けることが、遠回りに見えて、人間が設定できるイシューの自由度と解像度を高める近道になるのです」
従来は、イシューを立ててから、それを解決するためのHowを考えるという順番だった。しかし生成AIの登場によりHowの幅が広がることで、これまでは想像もできなかったイシューが立ち上がってくるという流れが起きる。
出典:鈴木健一氏のインタビューを基に作成
例えば、プログラミングができない企画職の人であっても、AIを使うことで数時間内にアプリのプロトタイプを作れることを知っていれば、そのアプリで解決することを前提にした具体的なイシューが立てられる。だがそもそもこうしたHowを知らなければ、発想自体が生まれない。
「テクノロジーなくしてイノベーションなし。学生には、仕事を含めてとにかく新しいツールをたくさん使ってみましょうと伝えています。1人ではできなかったことが、AIを使うことで『プチ・ポリマス(博識家)』のように何でもできるようになる。自ら手を動かしてAIに触れ、何ができるかを体感しているからこそ、より高度で本質的な問いを立てられるのです」
日本企業は他国に比べてAI活用が遅れているという指摘も多いが、実態は必ずしも悲観すべきものではないと鈴木氏は言う。
「2026年1月に発表されたアンソロピック社のレポートによれば、同社の生成AI『Claude』の利用量において、日本は世界のトップ5に入っています。人口比で見れば順位は変動しますが、ボリュームとしてはアメリカやインドと並ぶ主要なユーザー国なのです。エンジニアの現場では、自然言語での指示によるコーディングが当たり前になっており、現場レベルでの草の根的な活用は着実に進んでいます」
もっとも、ボトムアップの浸透だけでは物足りない。企業の提供価値をAIで根本から変えるような変革には、トップダウンの指針が不可欠だと鈴木氏は指摘する。
「経営層にもAIをどんどん使ってほしい。率先して使う姿を従業員に見せることが重要です。経営者としてのイシュー設定にも、AIへの体感値は大きく影響するのですから」
一方で、こんな懸念も生じる。今後AIによって個人の能力が拡張されていくならば、企業に属する意味は薄れてしまうのではないか。「1人ユニコーン(社員が創業者しか存在しない10億ドル企業)」の登場も現実味を帯びている。
個人でできることが増えていくのは間違いありません。とはいえ実際に学んでいる人たちを見ていると、リアルに集まって思いを共有するコミュニティーの良さは、何物にも代えがたいものがあると感じます。これからは、働く人々が価値を感じられる『場』づくりが、経営者の仕事になるでしょう」
とりわけ「学びの場」としての企業の価値に、鈴木氏は期待を寄せる。
「当校でオンライン授業と教室での対面授業への反響を比較したところ、満足度は双方で変わらないものの、オンライン授業に対しては『わかりやすい』『丁寧』という評価的なコメントが並ぶ一方で、教室での対面授業には『楽しい』『おもしろい』といった感想が目立ちました。つまり教室での学びは、単なる情報の伝達を超えた『感情体験』なのです。仲間が頑張る姿を見て、自分も奮起する。異なる視点からの鋭い指摘を受けて、自分の思考の癖に気づく。『場』での学びで得られる進展は、往々にして個人での学習を凌駕するものがあります。会社についても同じことがいえるのではないでしょうか」
生成AIの存在は、企業に利すると同時に、消費者にとっても情報の非対称性を解消する武器として機能する。消費者がますます賢くなっていくなかで、企業の提供価値や、その作り方は刻々と変わっていくだろう。その変化に柔軟に対応する力、つまり「学び続ける力」が、これからの時代には不可欠だと鈴木氏は話す。
「AIを使えば効率的に知識を習得できますが、その先にある『学びの楽しさ』や『志の共有』を提供できるのは、まだまだ人間同士の領域です。多くの会社が、それらを見いだせる場となることを願っています」
鈴木健一氏
グロービスAI経営教育研究所所長
グロービス経営大学院教員
野村総合研究所を経て、A.T.カーニーにて経営コンサルティングに従事。グロービスでは2006年の大学院開学から約10年間、大学院運営に携わる。現在は「ビジネス・アナリティクス」「テクノベート基礎」「AI&データサイエンス」等の科目開発・授業を担当。グロービスAI経営教育研究所(GAiMERi)所長としてAIの経営教育への応用を研究推進。