「新卒成功物語」が終わった今、育成の場に求められること

若者が働くこと、若者を育てること

2003年以降、急速に社会問題化している若年労働者の雇用。最近では、高齢者に関連する雇用制度とも重なり、問題はより複雑化しているかのようだ。若年者雇用問題の核はどこにあり、何が若者の「働く」を阻害しているのか。若者の雇用・育成をどう捉え考えていくべきか──問題の本質に迫る。

2.「 新卒成功物語」が終わった今、育成の場に求められること

今、企業は若年社員をどう育てるべきか

日本における若年労働者の育成は、「新卒一括採用」で雇用し、OJTや研修などを介して、それぞれの 企業色”に染め上げるというパターンが主流だった。慶應義塾大学経済学部教授の太田聰一氏は、その背景と効果について「日本の企業は 現場主義”。一通りの業務ができるだけではなく、現場でトラブルが起きた際、それをうまく処理する能力を社員に求めてきた。そのため、その企業独特のスキルを身に付けるのが合理的でした」と解説する。

企業が自前で人財を育成し、高い忠誠心を醸成する。社員も失業の心配がない“安定クラブ”に入る─。双方にとって都合の良い歴史的な「新卒成功物語」は、高度経済成長期には高い生産性に繋がり、企業が力を発揮するバネになった。だが「失われた10年」で、各企業は雇用調整をせざるを得ず、そのしわ寄せは新卒採用抑制へと向かった。その結果、2つの大きな問題が生じた。一つは「“新卒採用の波”に乗り切れなかった若者」の問題だ。「日本は正社員を解雇しにくいといわれているため、新卒採用で正社員を採用することはリスクの高い投資。ましてや経済環境が不確実になると、企業は固定的人財を採用することに躊ちゅうちょ躇し、結果、若者の採用は抑制され就職できない層が増えます。いったん有期雇用労働に従事した若者は、正社員になりたくてもなれず、そのまま滞留してしまいます」

日本では労働者が実務能力を身に付けられる場が、ほぼ企業の「現場」に偏っているのが現状だ。技能を身に付けるために専門学校などに通っても、そこでの経験を生かしにくい上に、日本企業の教育訓練は、正社員に偏る傾向があり(【図5】)、それ以外の雇用形態では、教育によるスキル獲得が正社員と比べ困難だ。こうして、同じ期間就業したにもかかわらず、雇用形態によって職業能力に差が付いてしまうという事態に陥るのだ。

【図5】  雇用形態で異なる教育訓練の状況

その一方、景気が低迷している時代に採用された社員層も、満足に育成されているとは言い難い。これが、もう一つの問題だ。「新卒採用の抑制が続くと、新入社員を指導できる、年代的に近い若年労働者の数も相対的に少なくなるためOJTの機会も減少します。また最近は、管理職も目標管理制度に縛られたプレイングマネジャーが多いため、新人を教育する時間を捻出しにくくなっています。また不景気になると、企業は残業時間を抑制する傾向にあり就業後に教育する機会がない。加えて、今の若者は手取り足取り指導してほしい、という傾向が一部で顕著なため、上司世代とのコミュニケーションギャップが生じています」

このように若年労働者の育成は何重にもマイナス要素を抱えた厳しい状況になっている。とはいえ現状に甘んじていれば、社会全体が人的資本の蓄積を弱体化させることになる。何か、打つ手はないのだろうか?「育成中の若手には、たとえば、目標管理制度を適用せず、成果主義的な施策は育成後に導入するなどして、長いスパンで見守る風土を作ることが大切です。また限られた時間の中で、若者のやる気を引き出す管理者を育成する『管理者教育』も重要です。同時に、人財を育成した社員を高く評価するなどの制度も設ける。さらには『65歳定年制』によって増えるベテラン層を若手の育成要員とし、若者とベテランが相互補完できる関係を構築することなども求められます」

一方、有期雇用の形態で就業している層についても、大学や教育機関でトレーニングできる仕組みなど、社会全体でスキルアップを支援する体制作りを強化することなどが急務になっている。若年層の育成は、今や、待ったなしの局面に立っているのだ。

慶應義塾大学経済学部教授
太田聰一氏

profile
1964年生まれ、京都大学大学院、ロンドン・スクール・オブ・エコノミックス大学院修了。名古屋大学助教授を経て、2005年から現職。