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2026.08.18
本格的なAI時代到来を見据え、企業と個人が今始めるべきことと求められるディレクション力

AI活用が世界的に広がる一方で、Adecco Groupの年次調査レポート「Global Workforce of the Future(2025年版)」では、日本企業のAI活用の遅れが示されており、AI活用に対する労働者の意欲も慎重な姿勢が見てとれる。2030年頃に予測される汎用人工知能(AGI)の到来を見据えると、この状況は今後の競争力に影響する可能性がある。
駒澤大学経済学部准教授の井上智洋氏に、日本企業と働き手が考えるべき視点について話を聞いた。

調査が示す「AI不信」と日本の課題

Adecco Groupの年次調査レポート「Global Workforce of the Future(2025年版)」では、世界と比べてAI導入に対する日本の働き手の慎重な姿勢が浮き彫りになった(図1、2参照)。かねて「AIは雇用と働き方を抜本的に変える」と提言してきた井上氏は、この現状をどう見ているのだろうか。

図1AIに対する信頼度(国別スコア)

AIに対する信頼度(国別スコア)

出典:Adecco Group「Global Workforce of the Future(2025年)」調査を基に作成。10点満点中のポイント数。世界平均は4.5ポイント

図2今後12カ月以内にAIエージェント導入を見込む雇用主割合

今後12カ月以内にAIエージェント導入を見込む雇用主割合

出典:Adecco Group「Global Workforce of the Future(2025年)」調査を基に作成

「私個人の肌感覚としても、日本人はAI導入にあまり積極的ではないと思います。ChatGPTを何回か使ってみたという人ならいくらでもいますが、日々の業務で使うべきタイミングできちんと使いこなせているかというと、心もとないところです」(井上氏)

井上氏自身は、自分で書いた原稿の校閲をChatGPTに任せている。だが、そのことを大学の同僚に話すと「すごいですね」と驚かれたことに、逆に驚かされたという。

「もちろん、ビジネスの現場は大学より進んでいるとは思いますが、それでも使っている人といない人の差が大きいように感じます」。その理由の一つは、Adecco Groupの調査でも明らかなように「AIは信頼できない」と考える人が多いからだと井上氏は見ている。一度使ってみてハルシネーション(生成AIがもっともらしい虚偽の情報をあたかも事実のように生成する現象)が顕著だったからもう使わないという人が少なくない。

「しかしテクノロジーは日々劇的に進歩しており、現在では専門分野の細かいことを聞いても大学教授に匹敵するレベルの知識を示すこともあります。むしろわかりやすく説明する能力に長けている場合もあります」(井上氏)

にもかかわらずAIが信頼できないというのは、一つの理由にすぎないのかもしれないと井上氏はいう。

「本当の問題は、バブル崩壊後の失われた30年の間に、日本人全体として、新しい技術に対する危機感や好奇心が以前ほど強くなくなってきているのではないか、という点にあります。かつての日本では、新しい科学技術に積極的に挑戦する人たちが多く見られました。しかし、長期的なデフレの影響もあり、技術へ前向きに投資したり、積極的に活用してみたりする姿勢が、相対的に弱まってきた側面も否定できません。こうした傾向は、今後の競争力を考えるうえで、見過ごせない課題といえるでしょう」

リスキリングだけでは足りない持続学習の時代へ

2025年はAIエージェント元年といわれ、AIに対する期待はより高まっている。AIエージェントは、与えられた目標を達成するために状況を理解し、自ら計画を立て、さまざまなツールを使いながら実行までを担う自律的なAIシステムのことだ。しかし、導入の実情はまだ道半ばだと井上氏はいう。

「AIエージェントを導入して、1つの部署を丸ごとAIに置き換えるような取り組みは、日本企業には時期尚早だと思います。企業側の本音として、新しい取り組みに対して慎重になっているのが見受けられます」(井上氏)

さらに深刻なのは、日本企業が社員の能力開発に投資をしていないことだという。GDPに占める企業の能力開発費の割合を見ると、米・仏・独・伊・英の各国と比べて日本だけが圧倒的に少ないと井上氏は指摘する(図3参照)。

図3GDP(国内総生産)に占める企業の能力開発費の割合の国際比較

GDP(国内総生産)に占める企業の能力開発費の割合の国際比較

資料出所 内閣府「国民経済計算」、JIPデータベース、INTAN-Invest databaseを利用して学習院大学経済学部宮川努教授が推計したデータを基に作成
(注)能力開発費が実質GDPに占める割合の5か年平均の推移を示している。なお、ここでは能力開発費は企業内外の研修費用等を示すOFF-JTの額を指し、OJTに要する費用は含まない

「日本は新人研修は充実していますが、その後は十分とはいいがたい状況です。ジャパン・アズ・ナンバーワンと称賛された1980年代は、日本人はアメリカ人の2倍読書するといわれたものですが、今の日本の社会人は、世界的にみても勉強をしなくなってしまいました。新しい技術は次々と出てくるわけですから、リスキリングというより、本来やるべきは持続学習です。極端な話、週5日のうち1日を学びに充てるくらいの意識でもよいでしょう」

AI時代の本格的な到来 企業と働き手に求められる適応と準備

井上氏は2016年の早い時期から、人間と同等以上の知能を有するAIといわれるAGI(汎用人工知能)の到来と、それに伴うAI失業について警鐘を鳴らしてきた。

「AIによって生産性が高まることと、雇用のあり方が変わることは表裏一体なのですが、当時は、この考えは多くの人にとってピンとこなかったようです。しかし、状況は変わりつつあります」

井上氏は当時、AGIは2030年頃に完成し、その前後からAIによる失業を含む雇用環境の変化が日本でも顕在化すると予測していた。

「アメリカでは2025年の時点で、AIの影響で新卒者が就職しにくくなっているといいます。新人にでもできる定型的な業務はAIが代行できるということで、企業における採用控えが加速しています。日本では、少子高齢化による人手不足とAI導入の遅れもあり、まだ現実味が薄いかもしれませんが、大きな猶予があるとはいえません」

AIを蒸気機関のような「便利な道具」と同列に捉えてしまう見方がある。「産業革命のときと同じように、その登場によって一時的な技術的失業が起きるとともに、新しい仕事が創出される」という考え方もあるが、今起きているのはもっと次元の違う根本的な変化だと井上氏はいう。

「蒸気機関がどんなに進歩しても、人間には近づきません。ですが、AIとロボットは、人間の振る舞いに似せることを目的とした技術です。AIが進歩し続ける限り、現在のAIによる雇用の変化は一時的なものではなく、構造的かつ永続的な変化として、社会に定着していく可能性が高いでしょう」

それを象徴するのが、最近よく聞く「一人ユニコーン」という言葉だ。時価総額10億ドル以上のユニコーン企業でさえ、AIを駆使すれば一人で運営できてしまうような時代になった。

「もちろん、既存の会社をAIドリブンに変えるのは、さまざまなしがらみもあって大変です。ですが、最初からAI中心で設計された会社は圧倒的な効率性を持つでしょう。業種にもよりますが、金融、IT、不動産など、情報を扱う会社はAIドリブンのアプローチが競争力につながると考えられます」

一方で、介護や医療など、人と人との触れ合いのなかで培われてきた細やかな気配りや身体感覚に基づくノウハウを強みにしている仕事は、AIで代替されにくいと井上氏は指摘する。

「例えば、お湯に触れて『これは熱くて危ない』と瞬時に判断するような身体性に根ざした価値判断や、新規性の高い状況で過去のデータにはない判断を下すことは、依然として人間の仕事として残り続けます。そうした現場では、ホスピタリティやクリエイティビティ、マネジメントといった人間ならではの強みをどう生かすかが、AIドリブン企業との大きな差別化要因になっていくでしょう」

ブルーカラーが高収入を得る時代へ

こうした変化のなかで、個人はどう対応すればいいのか。アメリカでは「ブルーカラーへのシフト」も始まっている。知的労働のほうがAIに置き換えられる可能性が高いため、若者を中心に職業訓練校で電気工事士などの技能系資格を取る人が増えている。

「最近のアメリカでの流行語に『ブルーカラービリオネア』というものがあります。ビリオネアは日本円で1500億円くらいの資産を持つ人という意味なので、さすがに盛りすぎだという気もしますが、現実的な話として、アメリカでエアコンの修理を頼むと高額な金額を請求されたりすると聞きます。空調の整備士、配管工といった技能を持つブルーカラーが、ホワイトカラーより高い収入を得る時代が、現実のものとなりつつあります」(井上氏)

ひるがえって、近代以降の日本は勉強して良い会社に入り、安定した生活を得ることが望まれてきた。

「そのあり方の見直しが求められる時代が来ています。AIによって肉体労働が増えるというより、AIによってデスクワークが減る、あるいは抑制される。経済が成長してもホワイトカラーの仕事はこれまでのように増えるわけではなく、減っていく。一方、ブルーカラーは汎用ロボットがまだ追いついていないので、少なくともあと数十年は需要が伸び続け、賃金も上昇していく──といったシナリオも想定されます」

AI時代に求められるのは「不平不満」のある人

では、ホワイトカラーとして残る仕事とは何だろうか。

「AIを使いこなせる人は重宝されます。でも、4、5年後にはAIを使えるだけでは通用しなくなるでしょう。なぜなら、AIはどんどんユーザーフレンドリーになっていくからです。今は動画を作るにはこのAI、画像は別のAI、パワーポイントはこれ、とバラバラでわかりづらいですが、いずれ一つのAIでできるようになります」

そんな時代の武器になると井上氏が考えるのが「ディレクション力」だ。

「AIは不平不満を言いません。だからこそ、人間が不平不満をいうことが今後、非常に重要になります。何らかの問題があるから、それを解決しようとしてサービスや商品が生まれる。つまり問題意識ですが、イメージとしては、みんながのび太くんみたいになるのです。『あんなこといいな、できたらいいな』という願望を、ドラえもんであるAIに伝えて実現する。それが私の考えるディレクション力です」

井上氏自身も、日ごろから「あったらいいな」というアイデアをメモしていて、コーディングエージェントと呼ばれる、プログラミングをしてくれるAIを使ってアプリなどを作るつもりだという。込み入ったものを作るにはまだまだプログラマーの介入が必要だが、早晩、誰でもスマホアプリを自然言語のプロンプトで指示するだけで作れるようになると見ている。

「皆さんに質問します。『こんなスマホアプリがほしい』という願望はありますか?そうした思いを持てる方は、今後の変化に適応しやすいでしょう。新しいことをやる敷居はどんどん下がっています。ただし、それを生かせるのは、『自分は何をしたいのか』という意志を持っている人です」

仮に将来、AIによる大規模な雇用の変化に対応するための公的な所得補償制度やセーフティネットが整えば、それを活用しながら、自分なりの生活を送る選択肢も出てくるかもしれない。

「ビジネスパーソンとして何かを生み出し、これからも活躍したいと考えるのであれば、自分は今何に不便や不満を感じているのか、世の中をどう変えていきたいのかまで、ぜひ真剣に考えていただきたいと思います」

Profile

井上智洋氏

井上智洋氏
駒澤大学 経済学部 准教授

2011年に早稲田大学大学院経済学研究科で博士号を取得。早稲田大学政治経済学部助教、駒澤大学経済学部講師を経て、2017年より現職。専門はマクロ経済学。『AI失業』(SB新書)、『人工知能と経済の未来』(文春新書)、『「現金給付」の経済学』(NHK出版新書)ほか、著書多数。